元祖「国際女優」島田陽子がプロデューサー?「衰えるまで女優をやる計画はないの」 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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元祖「国際女優」島田陽子がプロデューサー?「衰えるまで女優をやる計画はないの」

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待ち合わせの渋谷のホテルの喫茶室に、赤いベレー帽と黒のドレスで現れた島田陽子。胸には水晶のネックレスが光る。「これはお守りなんですよ」(撮影・上田耕司)

待ち合わせの渋谷のホテルの喫茶室に、赤いベレー帽と黒のドレスで現れた島田陽子。胸には水晶のネックレスが光る。「これはお守りなんですよ」(撮影・上田耕司)

1980年の「将軍」で脚光を浴び、「国際女優」と呼ばれ始めたころの島田陽子さん (c)朝日新聞社

1980年の「将軍」で脚光を浴び、「国際女優」と呼ばれ始めたころの島田陽子さん (c)朝日新聞社

――お母さんは2度、脳梗塞で倒れたことがあるそうですね。

「脳の司令塔から体への伝達がよくない。だから、着替えができない、服のボタンをとめたり、ズボンを掃いたりがうまくできない。私と近くに住んでいる妹とでできるだけ面倒をみていますが、仕事で忙しい時には多機能型の施設に預けています。母はうちと施設と行ったり来たりです」

――長期間のロケのときは?

「その施設は何日でもお泊まりできるんです。私1人で大変な時には、ここの施設からヘルプにも来てくれます。たとえば、お風呂や真夜中のおしっこにも対応。お絵描きとか、お習字の勉強の時間や歩いたりするリハビリの時間もあるんです。そこと連携し、仕事をしつつも、できるだけ母と一緒にいてあげられるように工夫しています」

――これまでイロイロあった女優人生を振り返って。

「私だって、心がズタズタになるような仕打ちをされて、何日間か泣いたり、悲しんだりすることもあります。ですが、それはあるところで打ち切るんです。ネガティブな気持ちを葬るために、自分の頭の中でお墓を作ってます。嫌なことを骨箱に入れて、お墓に納めて、ろうそくをたてて、お墓参りをするところまで頭の中で想像するわけ。そして、『ご愁傷さまでした。安らかにお休みください』って言うんですよ。そうすると、すーっと楽になれますよ」

――人生で、後悔したことはないですか。

「映画『ラスト・タンゴ・イン・パリ』という作品に出演した女優のマリア・シュナイダーさんが10年くらい前に来日されて、一緒に居酒屋でお酒を飲んだんですよ。そのとき、マリアさんから『あなた今、幸せ?』ってきかれたの。『幸せよ』って答えたら、彼女は『あっ、じゃあ、あなたの人生成功したわね』ってニッコリしながら言ったのよ。過去にどんなことがあったとしても、今が幸せなら人生は成功だという考え方はフランス的かもしれないけど、すごく納得がいきましたね。失敗もたくさんあったから、今の自分がいると思う」

――昔も今もスリムなスタイル。体型維持の秘訣は?

「食べたいものを食べてますが、夜遅い時間は食べないようには気をつけてますね。遅くなっても、午後9時までには食事を済ませてます。あとは週に2回、ジムに行ってます。ウオーキングしたり、ダンベルで筋トレしています」

――今後の活動は? 

「世界の人達に楽しんでもらえる映画が作りたい。人種の違いを越え、国境を越えて共有出来る作品です。私の次のステップは、そんな映画制作に関わるプロデューサーです。そのための勉強をしています。日本で女優を衰えるまで(笑)やりつづける計画はありません。現在、素晴らしい企画が動いています。結果は年内にはハッキリするでしょう。もし決まれば、私の最終章の道が開けます」

(本誌・上田耕司)

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