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元祖「国際女優」島田陽子がプロデューサー?「衰えるまで女優をやる計画はないの」

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週刊朝日

待ち合わせの渋谷のホテルの喫茶室に、赤いベレー帽と黒のドレスで現れた島田陽子。胸には水晶のネックレスが光る。「これはお守りなんですよ」(撮影・上田耕司)

待ち合わせの渋谷のホテルの喫茶室に、赤いベレー帽と黒のドレスで現れた島田陽子。胸には水晶のネックレスが光る。「これはお守りなんですよ」(撮影・上田耕司)

1980年の「将軍」で脚光を浴び、「国際女優」と呼ばれ始めたころの島田陽子さん (c)朝日新聞社

1980年の「将軍」で脚光を浴び、「国際女優」と呼ばれ始めたころの島田陽子さん (c)朝日新聞社

 1980年の「将軍SHOGUN」でゴールデングローブ賞を受賞し、「国際女優」と呼ばれた島田陽子。その後、数々のスキャンダルで世間を騒がせ、テレビや映画で姿を見る機会はめっきり減ったが、今年9月、中国のアカデミー賞と称される映画祭「第26回金鶏百花電影節」で「助演女優賞」を獲得。帰国後、本誌インタビューに応じ、女優業と今後の活動について語った。

【写真】「国際女優」と呼ばれ始めたころの島田陽子さん

――(席に着くなり、「私、きょうは車じゃないの」とビールを注文)お酒がお強いようですね。

「昔はけっこう飲めたんですが、今はそうでもないです。量は飲めない。ビールよりワインを飲むことが多いですね。食事をしながら、ゆっくり飲むほうです。朝まで盛り上がることもありますよ。話すことも人の話を聞くことも好きだし、会話が好きです。映画祭で受賞した日は、監督とホテルの中にある無料のバイキング方式のレストランで、赤ワインで乾杯しました」

――金鶏百花電影節では、日本映画「カノン」は「作品賞」と、メガホンをとった雑賀俊郎監督が「監督賞」、島田さんが「助演女優賞」を獲得した。3部門受賞は2008年の「おくりびと」以来の快挙だ。

「外国映画は25作品参加していましたから、期待してはいなかった。映画関係者にお会いして、意見交換できたら大きな収穫だなという程度。アナウンサーが中国語読みで『ダオティェンヤンズー(島田陽子)』と発表したけれど、スクリーンに映し出されたのは鈴木保奈美さんの顔。だから最初は『(受賞は)間違いよ』と言ってたんです」

――「カノン」は3姉妹が、19年前に死んだと聞かされていた母親(鈴木保奈美)が生きていることを知って尋ねる物語。島田さんは、その母親が1年ほど身を寄せたかまぼこ工場のおかみの役だった。

「私の出番はたった3~4シーン。長靴をはいて、白いかっぽう着を着て、ほとんどノーメイクで演じました」

――それでなぜ「助演女優賞」を受賞できた?

「授賞式の後、中国人審査員が、私の出演作『砂の器』(74年)、『白い巨塔』(78年)、アメリカのテレビドラマ『SHOGUN(将軍)』などを見たよと言ってくれた。アジアでの知名度も受賞の背景としてあったと言われました」

――女優として久しぶりに脚光を浴びたわけですが、近況は?

「来年2月に90歳になる母と暮らしてます。昨年まではすごく元気だったんですけど、今年に入ってちょっと弱りましたね。ご飯の量が半分になりました。昨年までは、私と100グラムのステーキを食べていた人なので、ちょっと心配です」


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