春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。JFN系FM全国ネット「サンデーフリッカーズ」毎週日曜朝6時~生放送。メインパーソナリティーで出演中です。春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。JFN系FM全国ネット「サンデーフリッカーズ」毎週日曜朝6時~生放送。メインパーソナリティーで出演中です。
『秋』はイライラする(※写真はイメージ)『秋』はイライラする(※写真はイメージ)
 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「○○の秋」。

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『秋』はイライラする。ここ数年『秋』がくると鼓動が速くなって仕方ない。

 前から思ってたけど、『秋』ってちょっとお高くとまってないか? いい気になってないか? 調子に乗ってないか? どうなんだ? 『秋』?

 だいたい『春』と『秋』は、他人からひどく怒られることなどないだろう。『夏』や『冬』みたく、やれ「暑いんだよ、コノヤロウ!」だの「寒過ぎだよ、まったく!」だの、いわれのない罵声を浴びせられることは滅多にないはずだ。

「あんた、ぽかぽかしていいわねぇ」とか「なんとも涼しくてありがたいよ、キミは」とか。大した努力はしてないのに、『春』と『秋』は生まれながらのほどの良さで、みんながチヤホヤしてくれる。

 特に『秋』に漂うそこはかとない気品。悔しいけどワンランク違う。悔しがっても『秋』のヤツは「そうかなぁ?……自分じゃよくわからないけど(笑)……」とかシレッと言うのだろうが。

「○○の秋」というフレーズ。「食欲」「芸術」「スポーツ」「実り」などがアタマに付きがちだが、「○○の秋」というふうに『秋』と結びつくだけで、なんだか魅力がアップしたような錯覚を起こさせる。

 例えば「食欲の秋」は、(多少食べ過ぎてもこの季節は世間が許してくれるはず。だってしょうがないじゃない……いま『秋』なんだから……美味しいんだから)と、我々の甘えた感情さえも引き起こす。これはよくない。ただでさえ食べ物の美味しい時期に「食欲の秋」なんて謳うのはかなり危険過ぎだ。

 いっそ「食欲の夏」にしたらどうか? 食欲のわかないクソ暑い季節にこそ、「食欲の~」を表して食欲を促すべきなんじゃなかろうか。「食欲の夏」「芸術の夏」……字面がかなり暑苦しい……ムリはあるが、いつまでも『秋』にいいようにされてる場合でもないはず。『秋』から自由になるべきなんじゃない?

 
 でも、そもそも「○○の春」「○○の夏」「○○の冬」ってあまり言わないな。三者の個性が強過ぎだからか、「お花見の春」や「マリンスポーツの夏」とか「鍋物の冬」って言われても、「そりゃそうだろよ、知ってるよ……」ってかんじだ。

 かといって『秋』は無個性?いやいや。おそらく無自覚であろう凛とした佇まい。暑くなく、寒くもなく、だんだんと涼しさを増してくる頃に吹くほんのり乾いた風。「すごしやすさ」という包容力、プライスレス。抱かれたい・付き合いたい季節・ナンバーワン。

 そんな私も『秋』には毎年、ネタおろしの独演会を行っている。今年は四夜連続、毎日ネタおろしだ。

 私にとっては「ネタおろしの秋」。なぜ『秋』を選んだのか。自分でもわからない。ただこんなハードな独演会は『秋』じゃないと乗り越えられない。

 暑い『夏』、寒い『冬』はムリ! 『春』は年度始めで忙しい! やっぱり『秋』!

 正直、『秋』さんには甘えさせて頂いてます。その胸に抱かれながら、自由にやらせて頂いてます。そのくせ、独演会の時期が近づくと憂うつ。『秋』は憂うつ。もう……イライラする。

 そんな勝手な私の四夜連続独演会、ありがたいことに今年は完売です。来年は五夜になります。皆さん、今のうちに手帳にお書き込みください。

 来年の『秋』を想うと、今から気が重く、鼓動が速くなる。

週刊朝日 2017年10月13日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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