帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある
養生訓では鍼についても、灸についても語っている(※写真はイメージ)養生訓では鍼についても、灸についても語っている(※写真はイメージ)
 西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。帯津氏が、貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。

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【貝原益軒養生訓】(巻第八の31)
鍼(はり)をさす事はいかん。曰(いわく)、鍼をさすは、気血の滞(とどこおり)をめぐらし、腹中の積(しゃく)をちらし、手足の頑痺(がんひ)をのぞく。(中略)鍼を用て、利ある事も、害する事も、薬と灸(きゅう)より速(すみやか)なり。よく其利害をえらぶべし。

 養生訓では鍼についても、灸についても語っています。灸については「灸法」として22項目にわたって詳しく説明しているのに対し、鍼については2項目だけです。

 益軒は鍼に対して、「鍼を用て、利ある事も、害する事も、薬と灸より速なり。よく其利害をえらぶべし」(巻第八の31)と、慎重な見方をしていたようです。鍼の禁忌を10項目以上にわたって述べ、「禁戒を犯せば、気へり、気のぼり、気うごく、はやく病を去(さら)んとして、かへつて病くははる。是よくせんとして、あしくなる也。つつしむべし」(同)と説いています。

 鍼の禁忌の対象となり、刺してはいけないとされるのは次の人です。【1】高熱の人【2】脈の激しい人【3】大汗をかいている人【4】非常に疲れている人【5】飢えている人【6】脱水の人【7】満腹の人【8】脳性の痙攣(けいれん)を起こしている人【9】生気不足の人【10】入浴直後の人【11】酒に酔っている人。

 鍼灸という言葉がありますが、鍼と灸ではまったく異なっていて、正反対の作用をします。

 中国医学には基本的な治療法の概念として「瀉(しゃ)」と「補(ほ)」があります。瀉とは体内に生じた邪気を体の外に捨てることです。一方、補は体内で失われた生気を補うことです。

 
 益軒は鍼について「鍼をさすは、気血の滞をめぐらし、腹中の積をちらし、手足の頑痺をのぞく」(同)と説明した上で、医学書の「正伝或問(しょうでんわくもん)」を引用して「鍼に瀉あつて補なしといへり」と語っています。鍼を刺してとどこおりを瀉し、気のめぐりをふさがないようにすれば、食補も薬補もやりやすくなる、というのです。

 一方、灸についてはこう説明します。「火気をかりて陽を助け、元気を補充すると、陽気が発生して強くなる。これが灸の力である」(巻第八の33)。つまり、灸には補の作用があるというのです。

 私が鍼の威力をまざまざと見せつけられたのは、37年前に初めて中国を訪れ、北京市肺腫瘤研究所の付属病院を見学したときです。

 そこは西洋医学の病院ですが、肺がんの手術を鍼麻酔で行っていました。私が手術室に入ったときには、すでに左胸を開いて手術が進んでいました。患者さんは若い男の人でしたが、私を見て、目で挨拶をするのです。右前腕の外関と三陽絡というツボに鍼が刺してあり、麻酔はこれだけです。全身麻酔をせずに、肺がんの手術をしてしまうのですから、仰天しました。手術が終わると、患者さんはにっこり笑って手を上げて挨拶し、自分でストレッチャーの上に移って、手術室を出ていきました。

 この鍼麻酔の準備として患者さんが行うのが気功です。気功で腹式呼吸を習得することで、鍼麻酔が効きやすくなるというのです。ここでの鍼と気功との出会いが、私の中国医学への道を開きました。

 益軒先生も鍼麻酔の威力までは知らなかったでしょう。もし知っていたら、鍼への評価が変わっていたかもしれません。

週刊朝日 2017年10月6日号

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帯津良一

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帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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