ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。政府が実施を検討する「電波オークション」が及ぼす影響について解説する。

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 9月12日、テレビ業界が激震する出来事があった。政府が電波の周波数帯の新規割り当てを競争入札にかける「電波オークション」を検討していると産経新聞が報じたのだ。

 携帯電話や放送局が利用する電波は元々公共の資源。これを日本では総務省が裁量で通信事業者や放送事業者に割り当て、「電波利用料」という形で料金を徴収してきた。だが、日本のように国策で特定の業者に使い勝手の良い周波数帯を割り当てている国は、欧米にはほとんどない。ほぼすべての国で電波オークションを実施している。

 オークションを導入する最大のメリットは、電波を必要な業者に再配分することで、利害関係者すべてに莫大(ばくだい)な収入が見込めるというところにある。

 欧州各国が3G携帯電話に用いる周波数オークションを実施した際の落札額は、総額15兆円以上にも及んだ。米国では既に特定の周波数帯を利用している放送局に電波の返上を求め、それを通信事業者が入札し、落札額の一部を放送局に還元する「インセンティブオークション」が実施されている。今年6月に売却が成立した600MHz帯のインセンティブオークションでは、まず政府が放送局から84MHz分の帯域を105億ドル(約1.1兆円)で買い上げ、それを米通信大手のT-モバイルに198億ドル(約2.2兆円)で売却した。

 
 放送局や政府には大きな収入がもたらされ、使いやすい電波帯を買ったT‐モバイルにとっても今後投資以上の収入が見込める。有効利用されていない周波数帯をオークションにかけることは、経済原理的には当然の流れだ。

 これに対し、日本の政府が通信事業者や放送事業者から徴収している電波利用料は年間約750億円。電波の市場価値から考えるとかなり安価に設定されているため、事業者の既得権となっている。

 実は日本でも2012年3月に、次の割り当てから電波オークションを導入することを閣議決定したことがある。ところがこのときは野党だった自民党と総務省の猛反対にあって、法案そのものが立ち消えになってしまった。

 第2次安倍政権が誕生した直後の13年にも導入が規制改革の一環として議論の俎上(そじょう)には上ったが、国会で審議されることはなく現在に至る。

 テレビ事業がジリ貧になり、今後を見据えてマルチメディア事業を展開したい放送局にとって、豊富な資金力を持つ通信事業者や外資などが参入可能になる電波オークションは何としても阻止したい。

 一度は自ら潰すことで放送局に大きな恩を売った現政権が、突如導入を持ち出した(そしてそれを政権に近いとされる産経新聞のみが報じている)ことには、経済的な面から放送局に揺さぶりをかけたい思惑が透けて見える。電波オークションは時代の流れとして導入すべき制度だが、同時に日本では「政権のメディア統制」という文脈があることも踏まえて議論しなければならない。

週刊朝日 2017年9月29日号

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津田大介

津田大介

津田大介(つだ・だいすけ)/1973年生まれ。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ウェブ上の政治メディア「ポリタス」編集長。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる。主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)

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