「高齢者の場合は、運動機能も心肺機能も低下し、全身が衰弱、感染症にかかりやすくなり、寝たきりになる。そうなると、より深刻な機能低下と衰弱をもたらす。その末路は『抑制死』と呼ばれています」

 もちろん、心理的ダメージも大きく、「トラウマとして残る」とも言われる。

 このような弊害から身体拘束廃止の動きが盛んになり、介護保険制度では「原則的に身体拘束は禁止」となった。2004年からは、身体拘束を受ける患者を減らすための委員会設置が、病院の診療報酬の要件に盛り込まれた。

 にもかかわらず、その数は増えている。前出の長谷川教授は「身体拘束実施の適切さを検証できるシステムが必要です」と提案する。

 一方、病院では安全のために仕方ない対応と考えている側面がある。

 例えば、手術後の意識障害によって暴力をふるったり、傷口を触ったりすることがある。処置によっては、患者がチューブを抜いてしまうと生命の危機につながることもある。こうしたケースでは、最小限の拘束が必要になる。

 だが、このほかにも看護師は「病院に預けているのだから、絶対、転ばせないで」と家族にきつく言われ、転倒すると病院から「どんな看護をしているの」と責められる。ベテランになるほど、患者の骨折や死で自分も悲しい思いをした人もいる。現実には、身体拘束に罪悪感を持ってはいるが、訴訟の恐れや責任感から対応するという。

 認知症患者のケアに限らず、病院の人手不足も拘束が増える要因の一つ。特に、精神科病院は1958年、急増する病床数に医療者の養成が追いつかず、厚生事務次官通知で医師の配置は一般病床の3分の1、看護師は3分の2と決まった。医療現場では時代に合わせて、この基準の廃止を切望する。ある看護師は言う。

「患者さんを抑制したくないが、つきっきりになるわけにもいかない。ほかの患者さんはだれがケアするのでしょう」

 こうした中でも、身体拘束をやめようと取り組む病院や介護施設もある。

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