どこかに不便さを残すことで人の能力を保つという考え方は、実は企業の最先端の技術にも取り入れられている。衝突防止ブレーキや誤発進防止といった「運転支援システム」もその一つ。交通事故の減少や新規ビジネスの創出にも期待されていて、国内外の自動車メーカーやIT企業各社がしのぎを削る分野だ。

「運転支援のレベルを高めすぎると、人の運転能力を奪いかねない」

 自動運転について研究する、金沢大学の菅沼直樹准教授は、技術開発の現場で、こんな声が多く上がっていると指摘する。

 運転支援システムは、完全自動運転とは違って、あくまでドライバーの運転を支える機能として設計されるもの。菅沼さんは、そこに不便益の考えが求められていると話す。例えば、車の前に衝突するようなモノがあるときに、減速して被害を軽減する自動ブレーキ。「機能があるから大丈夫」と過信し、機能に依存した運転に慣れると、システムが想定していない、いざというときのとっさの判断能力や、普段の運転技術の低下を招く可能性もある。便利すぎる設計は、本来ドライバーが持つ運転能力を奪いかねないということだ。開発者はいかにして不便の「すき間」を取り入れるかがポイントだと考えているという。

「だからこそ運転支援は、ドライバーの“運転している感覚”をいかに残すかが大事。その感覚の主軸は、ハンドルを持つことにあると考えられています。ハンドル操作によって運転感覚を残しながら、システムでいかにドライバーを支援するか。運転技術の開発が進む中で、大きな議論となっています」

 各方面で注目されている「不便益」。身の回りの便利なものから少し離れてみて、あえての不便を楽しんでみてはどうだろう。

週刊朝日 2017年9月22日号