そのデュアンへの思いを重ねたのがジャクソン・ブラウン作で、ジャクソン本人がハーモニーで参加した「ソング・フォー・アダム」。ドンが明かすには、3番目の主題部の歌詞の最後のところでグレッグは感情が高ぶって口ごもり、続く歌詞を歌えなくなった。その後、グレッグは録り直す機会もなく、歌えなかった一節は空白の状態のまま作品化したという。

 ドンの解説を読まずに聞き進めていた私も、グレッグが涙声になって絶句する一瞬に驚いた。兄への思いが募り、感極まってのことだろう。この曲を繰り返し聞くたび、胸を突かれる。

 グレッグはデュアン亡きあと、ディッキー・ベッツとオールマン・ブラーザーズ・バンドを率いた。ディッキーとの確執から解散、さらに再編やメンバー・チェンジを繰り返してきた。

 ソロ活動では、自分の内面を表現してきた。酒、ドラッグ、7度の結婚……。波乱に満ちた人生だったが、常によりどころが必要な繊細な性格だったのに違いない。グレッグが人生の歩みを語り、人生最後のありのままの姿をさらけだした『サザン・ブラッド』は、生々しく、心が震える作品である。(音楽評論家・小倉エージ)

●グレッグ・オールマン『サザン・ブラッド』(ラウンダー/ユニバーサル UCCO-6017)

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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