東尾修 久々の清原和博メディア登場に「少し安心した」 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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東尾修 久々の清原和博メディア登場に「少し安心した」

連載「ときどきビーンボール」

週刊朝日#東尾修
体ができればプロ1年目から1軍定着も夢ではない、広陵の中村

体ができればプロ1年目から1軍定着も夢ではない、広陵の中村

 今大会で6本塁打を放ち、清原和博の記録を超えた広陵の中村奨成捕手には本当にたまげた。トップの位置が高く、150キロを超える速球が来た時に振り抜けるのかという部分があるが、高校生レベルでは、どんな球に対しても振り切る形ができている。何より、地肩の強さ、バント処理などのフットワークの良さはプロでも上位にあるだろう。捕手というポジションは打つだけでは駄目だが、肩、フットワークは問題なく、あとはリード面。手をつける要素が少ないのは大きな利点だ。体がしっかりできれば1年目から1軍に定着してもおかしくない逸材である。中村選手は「球界を代表する捕手が目標。球界の記録をつくれるような選手になりたい」と言ったが、こんな大きなことをプロ入り前から目標としてとらえる選手がいる。本当に感心した。

 清原和博も久々にメディアに登場した。こういった形でしかまだ取り上げてもらえないだろうし、本人が犯した過ちは一生かけて償っていくべきものだが、彼の残した野球界の足跡すべてが消えるわけではない。中村選手のおかげで、また清原という野球人が日の目を見た。清原自身も感謝しなきゃいけないし、私もチームメートとして西武で清原とプレーした身。彼の姿を間接的にも見られて、少し安心した。

 話を戻すけど、この大会を見て、監督の考え方にも変化を感じた。絶対的なエース不在だったこともあるが、2~3人の投手を駆使することが当たり前になった。終盤勝負になることが多く、七~九回の1アウトをどうやって取るかを考えた継投が多かった。打撃でも安易にバントはしない。2番打者に強打者を置くチームもあった。プロ野球界の流れが高校野球にも浸透している。「まずは得点圏に走者を」という考えでは、夏の大会は勝ち抜けないのかもしれない。

週刊朝日 2017年9月8日号


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東尾修

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝。

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