現場の教員から、怒りを通り越してあきれたという声も出ている。

「検定を通った教科書を採択しているのだから、抗議は文科省にするべき」(関西の私立中学校教員)

 抗議ハガキは、次の採択で学校関係者が尻込みをするよう、圧力をかけたかったと思われるが、学校側は冷静だ。本誌の調査で「抗議があった」と回答した7校のすべてが、次の歴史教科書の採択に「影響することはない」と回答している。

 抗議行動が逆効果になったとの指摘もあった。

「採択した教科書は4年間使用することが原則ですが、教師から要望があれば1年間で変更できます。昨年度に使用して学び舎の教科書に問題はなかったですし、抗議があったから変更したと思われたくはないので、変更することはありません。私たちは、生徒にいちばん適した教科書を使って、授業をすることが第一ですから」(別の私立中学校教員)

 90年代半ば以降、おもに保守系言論人でつくられた「新しい歴史教科書をつくる会」を中心に、教科書の採択が社会問題化している。

 藤田英典・東京大学名誉教授(教育社会学)は言う。

「沖縄県の八重山地区では、11年に特定の教科書を採択させるため、教育委員会に政治が介入したことが問題になった。教員や地元住民の反発も起きた。意見表明の自由は尊重されなければならないが、教育の現場に脅迫的な介入をすることは許されません。ましてや政治家の抗議が事実とすれば、不当な介入と言わざるをえません」

 灘中に問い合わせた国会議員に取材を申し込むと、事務所担当者から「『政府筋からの問い合わせ』と言った記憶はない。電話も圧力ではなかった」との回答があった。灘中の和田校長も「政治家からの問い合わせが圧力と感じたことはなく、その後の抗議ハガキによって圧力を感じるようになった」と話している。

 防府市の松浦市長に抗議ハガキを送った理由をたずねたが、期日までに回答はなかった。

 前出の水間氏は記者と1時間以上、電話で話をした。朝日新聞を批判したうえで、水間氏が希望するコメントを全部掲載しなければ取材を取り消すと一方的に主張したが、記事では事実関係に関する部分のみ掲載した。

 灘中の和田校長は言う。

「政治的な思想の対立に特定の学校を巻き込むのはやめてほしい。今は抗議活動は収まっているので、静観してほしい」

 教育機関の現場まで“圧力”がかかる現代の日本。それで不幸になるのは、未来を背負う若者たちだ。(本誌・西岡千史、亀井洋志)

週刊朝日 2017年9月1日号