フランスと日本を行き来しながら、女優・作家として活躍する岸惠子さん。世界をご自身の目でご覧になっている岸さんならではの問題意識や、女優になりたてのころのエピソード、新作の小説の話まで、作家・林真理子さんとの対談は話題が尽きないご様子でした。
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岸:初めて見た映画はジャン・コクトーの「美女と野獣」でした。白黒映画だったのに、光と影が妖しく交差して色彩さえ感じました。こんな不思議な世界があるんだ、と感動して、撮影風景が見たくなったの。高校のときのクラスメートのおじさまが、松竹大船撮影所の所長と親友で、撮影風景を見せてくださったのね。研究生にしてあげますから、いつでも撮影を見にいらっしゃいと言われて、うれしかったけど学校や両親には内緒で行ったので困りました。
林:まあ、研究生ですか。撮影所はどんなところだったんですか。
岸:驚いたのは、撮影現場で布団をかぶってデンと座っているのがカメラだったんです。当時のカメラはジージー音がして、録音を録れないから布団をかぶせていたんですね。その中からぬっと顔を出したおじさんが、帰りがけに「お嬢ちゃん、ケーキでもごちそうしますよ」と声をかけてくれて、それが、吉村公三郎さんという大監督だったんです。
林:はい、有名な方ですね。
岸:ケーキをいただきながら、「お嬢ちゃんたち、女優になってみませんか」とおっしゃったんです。でも、うちも学校も厳しくて、撮影所に行ったなんて知れたら大変ですし、私は作家志望で、女優になりたいとそのときは思っていませんでした。
林:そうだったんですか。
岸:その後時々撮影を見に行ったりしましたが、大学入試前、「本物の女学生が欲しいから、1本だけ出てくれ」と言われました。吉村さんは所長と意見の衝突があったとかで他へ移ってしまわれ、愛弟子の中村登監督の作品でした。「これ1本だけだから」と両親に頼んで出たのが「我が家は楽し」という作品でした。