落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「怪談」。

*  *  *

 私が小さいころ、毎年夏休みには日本テレビの『おもいッきりテレビ』で『あなたの知らない世界』というコーナーがあった。内容は心霊現象や現代の怪談の再現ドラマ。心霊写真を検証したり。

 正午からは家族が必ずそれを見ている。怖いのが苦手な私は番組が終わるまでちゃぶ台の下に隠れて、耳をふさいでいた。

「新倉イワオ」というおじさんが心霊現象についていろいろと解説をしている。

「この男は死神博士! あの世からの使者にちがいない!」

 と私は忌み嫌ってた。新倉のせいで『笑っていいとも!』を見ることができない。

 ただ『笑点』を見ていても、オープニングロールに「構成 新倉イワオ」と出てくる。いつも楽しい『笑点』になぜ死神博士の名が出てくるのか不思議。邪魔するな! 死神! 聞けば、新倉さんは『笑点』の立ち上げ以来のスタッフなんだそうだ。大変失礼しました……。

 以前『一行怪談』なるナレーションの仕事をした。ワンセンテンスで終わる、ごく短い怪談噺。例えば……、

「深夜に友人から電話があり、『今から会えないか』と言うので、『いいよ』と言って電話を切ってすぐに、彼は先週事故死したことを思い出した……」

 みたいな。

 これを低い調子で間をとって喋ると、読み手からしてもけっこうゾクッとする。短文だと余計にイメージが膨らむのかも。

 同じテンポの短文を同様の調子で語ると、当たり前のどうってことない内容でもゾクッとくるのではないだろうか? ちょっと暇潰しにやってみよう。

(1)「店員が『ポイントカードはございますか?』と聞くので、食い気味に『ありません』と答えると、『大変失礼しました!』と謝られ、『謝るほどのことか?』と釈然としないまま、店を出た……」

(2)「『次、外すぞ』とキャッチャーが囁くので、『その手は食うか』と振りにいくと、やはり外され、『俺、野球に向いてないのかな?』と、帰宅してから妻にグチをこぼした……」

 
(3)「催促の電話をすると『今、出ました』と言ったのに、40分も待たされ、サービスで餃子を持ってきたことを、喜んでいいのか、怒るべきなのか……」

(4)「『ビール以外の人!』と後輩が聞くので、『ウーロン茶を』と答えると、『ハイですか? ソフトドリンクですか?』と返され、『茶っつってんだろ!』と思ったが、私以外は皆ビールなので、肩身が狭くて我慢した……」

(5)「田舎から親父が出てきて、二人で先方に頭を下げに行くと、おもむろに野菜を取り出した親父に向かって、先方が問いかけてきたので、ボクは『誠意ってなんだろう?』と、思ったわけで……」

(6)「『人という字はぁ、人と人が支えあってできているんですぅ』と、長髪の国語の教師が熱弁を振るっている、ドラマの再放送を、子供のころ夏休みに、よく見た気がする……」

 どうだろう? ひとつの文章につき、50回くらい声に出して読むとだんだんと怖さが染みだしてくる……かもしれない。(5)はちょっと特殊な怖さ。(6)は過ぎ去った少年時代の夏休みへのオマージュ。

 暑さでアタマがくらくらしてきた。夏よ、終われ。

週刊朝日 2017年8月18-25日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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