司馬遼太郎さんの人気小説『竜馬がゆく』『坂の上の雲』。そのクライマックスと書き出し部分の生原稿が5月末、東京・神田の古本市場に突然、姿を現した。司馬遼太郎記念財団が入手し、半世紀ぶりに里帰りしている。現在は東大阪市の司馬遼太郎記念館で公開中で、ファンの熱い注目を集めている。
司馬さんは『街道をゆく36 神田界隈』のなかで、東京・神田の古書街のセリ市について書いている。
<私は、神田神保町を歩きながら、「鳩山の『債権』!」という、セリ手のシゲチャンの高い声をおもいだした>
セリ市は古書業者の腕の見せどころ。どんなセリ手が活躍し、どんな本に値がついたか、司馬さんは楽しそうに書いている。
ところがそんな司馬さん自身の重要な原稿がセリ市にかかろうとしていた。
5月26日のことで、セリ市に参加していた一人で、今回、原稿の“仲介役”になった東京・本郷の古書店、森井書店店主の森井健一さんはいう。
「驚きましたね。『竜馬がゆく』の最終回があるじゃないですか。私も長いこと商売をしてきて、司馬先生の原稿やはがきなどを扱ったことはありますが、『竜馬』の原稿はありません。岩田専太郎画伯の挿絵はときどき出ましたが、生原稿が出たという話は聞いたことがなかった。坂本龍馬関係の展覧会に原稿が出たことはないはずですね」
『竜馬』は「朱欒(ざぼん)の月」と最終章「近江路」で計23枚。にわかに信じられず、森井さんはいったん会場を出ている。
「ちょうど神田なので『竜馬』の文庫本を買いました。表紙には、司馬さんが書いた題字がある。やはり同じだと。特徴的な字体、推敲(すいこう)や色とりどりの書き直しの仕方などはよく知っているつもりですが、念のために確かめたわけです」
さらに『坂の上の雲』の原稿まであった。冒頭の「春や昔」3回分と「日清戦争」3回分の計24枚と、本人が書いた『坂の上の雲』の題字までがあった。
「つまり、特に人気のある作品の最終回と書き出しがセットで出てきちゃった。これはもういわば日本の宝ですから、司馬財団に連絡するしかないなという話になったわけです」
連絡を受けた司馬財団の上村洋行理事長もいう。