■柳川悠二氏の5冊


『甲子園が割れた日』(中村計/新潮文庫)
『四番、ピッチャー、背番号1』(横尾弘一/ダイヤモンド社)
『遥かなる甲子園 聴こえぬ球音に賭けた16人』(戸部良也/双葉社)
『神宮の奇跡』(門田隆将/講談社文庫)
『タッチ』(あだち充/小学館少年サンデーコミックス)

 とんだ赤っ恥である。早稲田実の清宮幸太郎を報じる「週刊文春」(8月10日号)の2ページにわたるグラビアに、清宮の言葉に耳を傾ける自分のみすぼらしい顔がデカデカと写ってしまった。

 取材現場では対象に多くの質問を投げかけたいし、一言も聞き漏らしたくない。できることなら息づかいまでキャッチしたい。清宮のような寵児(ちょうじ)ともなればなおさらだ。この取材姿勢は親しく(!?)お付き合いしている先輩ライター・中村計さんに倣ったものだ。

「ノンフィクション」というジャンルが果たす役割は、誰もが知る事象の、誰も知らなかった深層を探ることにあると思っている。高校野球の歴史に刻まれた星稜・松井秀喜の「5打席連続敬遠」の裏側とその後を解き明かしていく中村さんの著書『甲子園が割れた日』は、ノンフィクションの王道をゆく作品だ。

 当時、高校野球の取材経験が浅かった僕は、この本に込められた著者の熱量に、端から完敗モード。なかなか口を開いてもらえない関係者を口説いていく過程が、この本の醍醐(だいご)味となっている。高校野球を題材とする名著は数多くあるが、高校野球の最前線で取材するライターが著した作品は少ない。作家性の強い中村さんの才能に、僕は猛烈に嫉妬した。野球の知識はとてもかなわないし、筆致も大きく異なる。まねできるのは、取材現場の最前列に立つことぐらい。それが冒頭のような悲劇を生んでしまった。

『四番、ピッチャー、背番号1』は、その題名が示すとおり、投打にわたってチームを牽引(けんいん)し、甲子園に導いた高校球児9人の物語を集めた短編集だ。

 第二章に登場するのが、1986年夏の甲子園決勝で、天理に敗れた松山商のエース藤岡雅樹さん。決勝までの6日間で、実に5試合に先発した藤岡さんは、明治大学に入学したがケガによって野球部を退部。その後は独学でカメラを学び、現在は大手出版社のカメラマンだ。今年、高校野球の仕事で藤岡さんと全国を飛び回った。忘れられないのは本工を訪れた時のこと。プロ注目のエース・山口翔は今年の選抜の大会初日に登場し、四球を連発して敗退。わずか1日で甲子園を去った彼は、誰より長い夏を過ごした藤岡さんの経験談に聞き入っていた。甲子園のマウンドを経験した投手にしか見えない世界があり、その世界を共有する者にしかできない言葉のキャッチボールがあった。

 物心ついた頃、実家の本棚には『タッチ』があった。7巻で主人公の弟・和也が亡くなるシーンは、当時も、そして35年近くが経った今も、読めば涙腺が崩壊。毎年、阪神電車の中でこの作品をスマホの画面で読みながら甲子園に向かうのが習慣だ。

『タッチ』に限らず、多くのスポーツ漫画には、ヒーローに群がるやじ馬のような記者が登場する。僕はそういう登場人物が大好きで、この職業に憧れた。

週刊朝日  2017年8月18-25号