落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「補習」。
* * *
中学の時、私は勉強ができるほうだった。常に学年で3番くらい。熱心にやらなくてもなんとなく成績がいいという。
調子に乗ってそこそこな進学校を受験したら、やっぱりなんとなく合格してしまった。
高校ではラグビー部に入った。まー、練習がきつい。帰宅してもくたくたで勉強なんて手に付かないのだが、「勉強する時間がない!」と言いわけができるので「なんかこっちのほうが楽だな……」と思うようになった。
つまり、私は勉強が好きじゃなかった。なんとなくできたので好きなのかと思ってたけど。
最初の1学期中間テストで450人中250番くらい。1学期の期末テストは400番くらい。勉強しないからまっ逆さまに成績が落ちていく。
0点というものはフィクションの世界だと思ってたが、見事に数学のテストでとれてしまった。白紙ではなく、すべて書き込んだ上での0点。正真正銘、実力で手にした0点だ。0点ってけっこう爽快感ありますよ。
夏休みに数学の補習授業があるという。我が校の補習とは「学校中のバカ集まってこい。さもなくば留年させるぞ」的なイベントである。ラグビー部の先生はおっかなかった。いまだにあんな怖い大人は会ったことがない。まだ夢に出るし。
補習の選抜組に入ったなんてことが顧問に知れたら大変だ。
補習に参加=部活を休まねばならない。休んだら殺されるかもしれない。大袈裟かな? それくらいの迫力と恐怖を感じさせる先生だった。
死ぬのは嫌だ。勉強もしたくない。だから補習には行かず部活へ行く。留年するかもしれないが、死ぬよりはいい。いや、絶対殺したりしないだろうけど。いや、わからない。
ただ夏休み中のラグビー部の練習だ。炎天下、暑い・きつい・長い。トラックのゴムタイヤを横倒しにして、低い姿勢で延々と押し続ける……というトレーニングがあった。おそらく足腰を鍛える目的なんだろう。
「おーいっ!! ラグビー部っ!! 1年の川上いないかーっ!?」
と駆け出してきた。
「……ヤバイ」
意識朦朧(もうろう)のなか、分厚いタイヤに顔を隠しながら、フラフラと押し続ける。
「あいつ、今日休みですよ!!」
I先生に嘘をついてくれる部活の同級生たち。I先生はぶつぶつ言いながら校舎に戻った。
入れ替わりに部活の顧問が校舎からこちらへ歩いてきた。
「会話があるとマズい!!」
とビクビクしていたが、何事もなかったようす。
ホッとした瞬間、意識が途切れて気がつくと夕方。私は木陰で横になっていた。
24年前の夏、そんなことがあった。結局、ラグビー部はつらくて1年で退部。成績も3年生の頃には443番まで下がった。下に7人。そのうち3人は不登校だ。今の私には、数学もラグビーも、なーんの関わりも、思い入れもないが、「無駄なことしてたな」とは思わない。「やらなくてもいいことしてたな……」とは思うけど。
わかったのは「水分補給は大切」ということ。
※週刊朝日 2017年8月4日号