ハイライトは「ホームレス」から始まる『グレイスランド』からの一連の作品。南アフリカのジョセフ・シャバララ率いるレディスミス・ブラック・マンバーゾが登場し、ポールとともに収録作品11曲中、10曲を披露している。

 ムバカンガ、タウンシップ・ジャイヴと呼ばれるソウェト生まれのストリート・ミュージックのビートをもとにした「シューズにダイアモンド」からは、87年のツアー時のメンバーも加わった新たなグレイスランド・バンドへと代わり、トランペットのヒュー・マセケラもゲスト参加。

 そんなグレイスランド・バンドの中でもひときわ存在感を放っているのがギタリストのレイ・フィリだ。リズミックなストロークや素朴さと洗練を併せ持ったリード・プレイに目を見張る。もう一人のギタリスト、金属的なトーンによるリフを特徴とするジョン・セロルワネの存在も見逃せない。

 ブギとタウンシップ・ジャイヴが一体化した「ザ・ボーイ・イン・ザ・バブル」。横揺れのリズムとブギが交錯する「クレイジー・ラヴ Vol.II」。再びタウンシップ・ジャイヴによる「ガムブーツ」。リズムの変化の妙に体が揺れ動く。ポールの歌もバンドの演奏に呼応して巧みに表現を変化させる。

 女性3人のコーラスのアカペラに始まり、南アフリカの女性シンガー、サンディスワ・マズワイを迎えての叙情的な「アンダー・アフリカン・スカイズ」。ポールとサンディスワの情感豊かなヴォーカルが印象深く、コーラスのソンティ・ミベレも加わって一層味わいを増す。さらに、カントリー・ミュージックにアフリカン・テイストが加味された「グレイスランド」で観客の興奮は一気に増し、「コール・ミー・アル」では大合唱に。

『グレイスランド』発表当時、アパルトヘイト政策を実施していた南アフリカへの文化的ボイコットを妨害するとして非難され、文化的略奪だと批判されたこともあった。『グレイスランド』の収録作品の大半は南アフリカのミュージシャンとの交流から生まれた。歌詞には様々な人間模様を描いている。政治的なメッセージはくみ取れず、その意図もなかったという。

 ポールはサイモン&ガーファンクル時代半ばからリズミックな作品を多くし、後期にはゴスペルに関心を持って音楽的な幅を広げてきた。ソロ活動開始後はレゲエに着目。南アフリカ、クレオールのザディコ、ブラジル音楽への傾倒など、リズムへの関心を高め、演奏、サウンドに反映させてきた。本作をしめくくる「時の流れに」に代表される叙情的なメロディーも持ち味の一つではあるが、本作はポールのリズム探究の足跡を明らかにする作品とみていい。(音楽評論家・小倉エージ)

●ポール・サイモン『ザ・コンサート・イン・ハイド・パーク』(ソニー・ミュージック SICP5534-6)

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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