作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、夫の不倫を告発する動画を投稿し続ける松居一代氏の「壊れ方」に、日本の多くの女性たちが味わっている葛藤が見えると主張する。

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 テレビをつけたら「恐ろしいことがおこったのです」と怪談調で語りかけてくる松居一代と毎日のように目が合ってしまう。蛇ににらまれた蛙のように動けなくなっていると、突然「違うだろーこのハゲー!」が流れてきて、「最近、切れる女性が増えています」と唐突に「社会問題」が語られたりして、ここ最近のテレビはまるで松居・豊田に乗っ取られているようだ。という私も松居・豊田のことが、何故か頭から離れず、日に数回は彼女たちのことを考えてしまう。特に松居一代の「壊れ方」は、この国で「女」を生きることについて考えずにはいられない。

 華やかな顔立ちのセクシータレント・女優として仕事をしていた20代、2度目の結婚で芸能界きっての名門に“嫁ぎ”、完璧な“妻”として存在感をアピールしてきた。その彼女がネットを駆使して日本中に呪詛を吐き散らしている。フツー、「なぜあの人が? なぜこんなことに?」と解せない気持ちになるべきだと思うのだが、なぜだろう、松居一代の40年前から今ここ、というのが、不思議に違和感がなく一本の線でつながっているように見えてしまうのだ。そしてそれは松居一代の特殊さというより、多かれ少なかれこの国の女たちが当事者として味わっている葛藤だ。

 
 男と女の不倫の重さが全く違うのは、近年の芸能人の不倫に対するジェンダーギャップの激しさからも明らかだけど、そもそも「妻は女じゃない」「家庭にセックスは持ち込まない」みたいな会話は、男たちが飲み屋の笑い話として語り続けてきた。加齢した妻たちの多くは本人の意思にかかわらず、当然のようにエロスの舞台から排除されていくのが「あたりまえ」だった。私は松居一代が夫を告発する動画で、「セックス」という言葉を芝居がかった調子で何度も使っていたことが頭から離れない。60歳の女性が、夫がバイアグラ飲んで他の女性とセックスしているのだ、と泣き叫びながら日本全国に語りかける。治療が必要な状態なのだとしても、そのような壊れ方を男はするだろうか。松居一代が全身で訴える悔しさと「完全に無縁」と言い切れる妻は、どのくらいいるのだろう。夫の不倫が事実かどうかはわからないが、彼女と同じ類いの葛藤を全く味わったことのない異性愛女性は、どのくらいいるのだろう。

 女も男と同じように婚外セックスを軽く考えればいい、と言いたいわけではない。女が男と同程度に買春できる環境があったり、少年ポルノを消費する女が増えたりなど、性文化を対等にしていくことが男女平等ではない。男と同じようなことを女がすれば、必ず落とし穴が待っているような性文化だ。その男たちが築いてきた性文化が、いかに女の葛藤と搾取の上に成り立っているかを、この国で女として生きていると突きつけられる。

 エロス的な肉体を消費され続け、その後に完璧な妻という「幸せ」をアピールし続けた松居一代が堕(お)ちた罠。その罠はなぜ、誰によって仕掛けられたのか。そんなことを、松居一代の叫びから、ずっと考えている。

週刊朝日 2017年7月28日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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