西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。帯津氏が、貝原益軒の『養生訓』を元に塩の効能を説く。

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【貝原益軒 養生訓】(巻第三の63)
食後に、湯茶を以(もって)口を数度すすぐべし。(中略)
夜は温なる塩茶を以口をすすぐべし。
牙歯(がし)堅固になる。
口をすすぐには中下の茶を用ゆべし。

 益軒は寝る前に中の下ぐらいの温度の塩茶で口をすすぐようにと勧めています。そうすると、歯が丈夫になるというのです。塩茶とは番茶に塩を少し入れたものです。

 塩というのは、中国医学では薬のひとつとして扱われてきました。後漢から三国の時代に書かれた中国最古の薬物書『神農本草経』でも塩は病を治す薬である「下品(げほん)」に分類されています。益軒も塩の重要性をよく理解していました。「塩などの調味料は味がよくなるだけでなく、食物の毒を制することになる」(巻第三の29)とも語っています。

 西洋医学からみると、塩は体内のナトリウムとカリウムのバランスを取るために生理的に必要な物質です。また体内でナトリウムと塩素に分かれ、ナトリウムは体液の濃度調整、筋肉の収縮、神経の刺激伝達などに関わり、塩素は胃液の塩酸になります。最近は塩分の摂りすぎが言われがちですが、本来、塩は体にとってとても重要なのです。

 塩茶でうがいする場合に期待されるのは殺菌効果でしょう。一般の細菌は5%程度の食塩水で生育が抑制されます。

 私は塩分が0.7%の昆布茶を毎朝、飲んでいます。この程度の塩分では殺菌はできないのですが、身を引き締める効果は間違いなくあります。

 益軒は塩を使ったものだけでなく、様々に歯の養生を説いています。

「毎日時々、歯をたたく(噛み合わす)事三十六度すべし。歯かたくなり、虫くはず。歯の病なし」(巻第五の26)、「わかき時、歯のつよきをたのみて、堅き物を食ふべからず。梅、楊梅(やまもも)の核(さね)などかみわるべからず。後年に歯早くをつ(抜ける)」(巻第五の27)、「牙杖(ようじ)にて、牙根をふかくさすべからず。根うきて、うごきやすし」(巻第五の28)

 
 益軒は83歳(数え年)になっても歯が丈夫で一本も抜けていなかったと語っています。さらに夜になっても細い字を読み書きでき、目と歯には病がないというのです(巻第五の25)。

 これで思い出すのが本誌(2011年8月12日号)で対談した加山雄三さんです。

 加山さんは当時74歳でしたが、両目での視力が1.5以上。歯は小学生の頃に1カ所治療をしたものの、その後はまったく虫歯がなく、一本も抜けていませんでした。一方私は、眼鏡が必須で、左右3本ぐらいずつ歯が抜けていました。目も歯も健康な加山さんは見るからに若々しさにあふれていました。益軒も加山さんと同様だったに違いありません。

 益軒は毎朝、歯を磨き、目を洗っていました。

「熱い湯で目を洗い、鼻の中をきよめ、ぬるま湯で口をすすぐ。塩で上下の歯と歯ぐきをみがき、ぬるま湯で20~30回すすぐ。手と顔を洗い、塩湯で目を左右それぞれ15回くらい洗う。さらに湯でも目を洗い、口もすすぐ」(巻第五の25)

 目と歯を健康に保って若々しく過ごすには、これだけのことを毎日、やっていたのです。

週刊朝日  2017年7月21日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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