取引先の売上高や純利益などを改ざんした商工中金。民間銀行であれば廃業となるような出来事だが、それをやってのけた商工中金に“伝説のディーラー”藤巻健史氏は苦言を呈する。

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 かなり昔の話、ハワイのホテルをチェックアウトする際、請求書に驚いた。

 家内と2人で食べた前日の夕食代が1万1千ドル(約120万円)。冗談よしてよ~。サウジの王様じゃあるまいし、一晩でそんな美食をしたら一発で痛風だ。

 米国留学中に、米国人のまねをして目を皿のようにして請求書を見る癖がついていたから、サインの前に見つけて、事なきを得た。隣でやっていた中国人の結婚パーティー費用を間違えて私に請求したようだ。米国人が請求書を念入りに見るわけを実感したが、日本ではありえない間違いだ。

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 政府系金融機関の商工中金が5月、金融庁などの立ち入り検査を受けた。災害や金融危機で業績悪化した企業向けの危機対応業務で、取引先の売上高や純利益など財務データを改ざんするなどの不正をした。

 邦銀に11年、外資系銀行に15年勤務した私の感覚からすると、数字の改ざんなどありえない不正だ。一個人どころか組織的な不正だったようで、びっくり仰天だ。普通の銀行なら、数字の改ざんは「やってはいけないこと」の基本中の基本。金額の修正は一切認められないし、金額以外の文字などの修正も二重線で修正したうえで印鑑を押すように教育される。顧客からの信頼は銀行の生命線だから、社内検査で厳しくチェックされる。

 旧大蔵省(現金融庁)の検査や日本銀行の考査もチェック機能として働いた。入りそうになると、支店は緊張して身構えたものだ。日銀考査で落第点だと、日銀にある当座預金口座閉鎖を余儀なくされる恐れもある。銀行の体(てい)をなさなくなり、銀行廃業だ。

 当座預金口座がいかに大切か。例えば、鹿児島県に住む母が東京にいる子に学費を送るケースを考える。

 
 A銀行鹿児島支店の母の口座からB銀行高田馬場支店の子の口座に振り込んだ際、A銀行からB銀行に現金が送金されるわけではない。日銀にあるA銀行の当座預金額を減らしB銀行のそれを増やす形で決済される。重要な当座預金勘定を持ち続けるには日銀考査を受けねばならない。日銀法44条の決まりだ。だから、民間銀行は日銀考査を怖がる。

 商工中金には、金融庁検査や日銀考査を怖がる謙虚さがあったのだろうか?

 政府が株式を半分弱持ち、経済産業省が監督官庁で、社長は元経産事務次官。ペナルティーを受けるはずがない、当座預金を閉鎖されるはずがないとおごりはなかっただろうか?

 商工中金は元々、遅くとも2022年までに完全民営化されるはずだった。しかし、危機対応業務を遂行するという理由で民営化を遅らせた。商工中金は融資額を伸ばすため、数字を改ざんしてまで危機状態の企業をつくり出そうとした。

 危機対応融資は税金が投入され、バラマキと言えなくもない。選挙民のために融資を引き出させるなど政治家に便利な組織になっている可能性もある。平時の今でも危機対応策は必要なのか? 本来の方針通り、早急に民営化し、監督官庁を金融庁にすべきだと思う。

週刊朝日 2017年7月14日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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