そして、憧れの国だったアメリカで目の当たりにした現実。インタビューなどによれば、後にニューヨークやニューオーリンズに住むようになっても“恐ろしい所だ”という思いは変わらない、という。「ザ・ミステリー・ルーム」はニューオーリンズで強盗事件に巻き込まれ、銃弾を浴びて負傷した体験から生まれた作品。カントリー・ブルース風のスローなブギ・ナンバーで、そのサウンドはおどろおどろしく重厚だ。

 初めてアメリカを訪れた際の体験を歌ったのが「ジ・インヴェイダーズ」。1960年代、大挙してアメリカに進出したイギリスのグループらは“ブリティッシュ・インヴェイジョン(イギリスからの侵略者)”と呼ばれた。ザ・キンクスもそう見なされたのにちなんだ。カントリー調の演奏をバックに歌われるユーモラスな作品で、ひねりの技が利いている。

 そういえば、本作ではザ・キンクスの代表曲のギター・リフが随所で顔をのぞかせる。モノローグのバックに「オール・オブ・ザ・ナイト」のリフが奏でられる「ザ・マン・アップステアーズ」もそのひとつ。それに続く「アイヴ・ハード・ザット・ビート・ビフォア」は、アパートで共同生活をしていた際、階上に住んでいた見知らぬカップルに捧げた作品だ。亭主が飲みに行くと女房が決まってガンガンかける曲、その聞き覚えのあるビートが“「オール・オブ・ザ・ナイト」だ!”と思わせる仕掛けが面白く、ニクい。

 もっとも、アメリカでは恐怖の体験ばかりではなかった。広大なアメリカを旅した体験の思い出を語る「ザ・グレイト・ハイウェイ」。旅の合間に恋人への思いを歌った「メッセージ・フロム・ザ・ロード」などでは、本作のバックを務めるザ・ジェイホークスのカレン・グロットバーグと心和むデュエットを披露している。そして、かつて憧れたカウボーイに自分自身の過去や、まもなく73歳となる現在を重ねあわせ、これからは“夢”に生きるのか、それとも“現実”に生きるのかと自問する「ロックンロール・カウボーイズ」も味わい深い。

 アメリカへの憧れを振り返り、見聞や体験をもとにした『アメリカーナ』。レイ・デイヴィスはライナー・ノーツの最後に「僕がこのアルバムを通じて表現しているのは、よりよい未来――あの素晴らしいハイウェイに沿って続いていく夢のような、明るい未来」と記している。アルバムを締めくくる「ウィングス・オブ・ファンタジー」は、そんな願いを込めた作品だ。(音楽評論家・小倉エージ)

※週刊朝日オンライン限定記事

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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