表彰式で喜ぶ栃木の選手たち(撮影/写真部・馬場岳人)
表彰式で喜ぶ栃木の選手たち(撮影/写真部・馬場岳人)

 昨秋にスタートしたバスケットボール男子のBリーグは、日本人で初めて米プロバスケットボール協会(NBA)でプレーした経験を持つ田臥勇太を擁する栃木ブレックスが初代王者に輝いた。開幕戦から見続けてきた漫画家・井上雄彦さん(50)が、熱戦となったファイナル(決勝)を中心に1年目のBリーグを振り返る。

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 どのチームがファイナルに出ていたとしても、新たな物語が生まれていたと思う。その中でも、田臥選手のいる栃木があそこまで行ったことは、100点満点の結末と言っていいのではないでしょうか。決して棚ぼたで得た王座ではなく、目標として掲げ、チームとしてそこまで上り詰めた。初代王者になるという思いの強さが、他のチームをリードしていたのでしょう。

 田臥選手がチームを引っ張ってきたんだなと実感したのは川崎ブレイブサンダースとのファイナル、終了間際に見せた一つのプレーでした。こぼれ球を拾うために、ケガのリスクを恐れずに観客席へ飛び込んだシーンです。彼が飛び込まなかったとしても、栃木が勝つという結果は変わらなかったと思う。でも、「ここまでやんなきゃ優勝は勝ち取れないんだよ」というのを、あそこで体現した。Bリーグ選手として、一つのスタンダードを示した瞬間だったのでは。もちろん、本人にそんな意識はなくて、自然に出たプレーだとは思いますが。

 田臥選手の、コート上での目配りの細やかさにはいつも驚かされます。コートの下に田臥水という地下水が流れていて、至るところから噴きだしてくるようなイメージです。

 ファイナルで特にそれを感じたのは第4クオーターで残り1分半を切ったときです。1点を追う川崎の篠山竜青選手から、身長203センチのライアン・スパングラー選手に浮き球のパスが渡った。栃木であのプレーに反応できていたのは田臥選手だけでした。リングの裏から回り込んだ身長173センチの田臥選手が跳び上がり、シュートを防ごうとした。ブロックすることはできなかったけど、結果的にシュートは外れた。あそこで点を取れなかったことは、川崎にとって痛かったと思う。ああいうちょっとしたプレーの積み重ねが、勝敗を分けた気がします。

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