ジャーナリストの田原総一朗氏は、安倍晋三首相が「2020年の憲法改正」を目指すことを明言したことについて、日本が国際社会に対して「平和国家」としてどのように筋を通すのか、問われていると指摘する。

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 安倍晋三首相が、5月3日付の読売新聞のインタビューで、「2020年に改正憲法の施行を目指す。9条の1項、2項はそのままで自衛隊の存在を明記する」との方針を述べた。民進党をはじめ、野党は「憲法審査会に対する裏切り」だと強く怒っている。

 確かに、野党の主張は正論だが、首相の発言があるまで、今年の憲法審査会の実質審議は衆院で3回だけ、そして参院では1回も行われていない。どの党も憲法に手をつけるのが嫌なのである。その意味では、問題ではあるが、安倍首相は憲法について真っ向から論議するきっかけをつくったといえる。

 安倍提案に対しては、いわゆるリベラル保守も批判的である。「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」という9条2項をそのままにして、自衛隊を認めるというのは大矛盾だというわけだ。自民党内にも、表には出ないが、批判が強い。12年に定めた憲法草案と矛盾する、というのである。たしかに憲法草案では、現憲法の9条2項を削って、国防軍を保持すると明記している。これはわかりやすい。だが、私は12年の憲法草案には危うさを感じている。

 実は20年ほど前に、東京で中曽根康弘、キッシンジャー、ゴルバチョフの3氏のシンポジウムが行われて、私が司会を務めた。そのとき中曽根氏が、「日本もそろそろ憲法を改正したいのだが」と表明した。そこで、私はまずキッシンジャー氏に「どうか」と問うた。するとキッシンジャー氏は「僕は反対だ」と、はっきり言った。「なぜか」と問うと、次のように話した。

「憲法9条があるから、アジアの国々は、日本は平和国家だと安心して、日本を信頼している。我々もそうだ。だが、憲法改正となると、戦前の日本を思い浮かべて、強い不安を抱くのではないか」

 
「日本は平和国家であるべきだ」と、キッシンジャー氏は繰り返し強調した。ゴルバチョフ氏も同じ意見だった。中曽根氏は「弱ったな」と、苦笑して言った。

 私はキッシンジャー氏の主張で、あらためて日本のあるべき姿を強く認識した。日本は平和国家として、世界から信頼されているのである。

 そのことを、同じ自民党の歴代総裁、つまり首相は強く認識していて、だからこそ、70年間も改憲をしなかったのであろう。

 それに対して、12年の自民党の憲法草案は、日本のあるべき姿が、きわめて曖昧である。あるいは平和国家でなく、英仏のような「普通の国」になろうとしているのではないか。

 かつてドイツの軍隊について調べたことがある。実はドイツは、軍隊の活動はNATOとしての集団的自衛権だけで、個別的自衛権の単独行使は認めていないのだ。ヒトラーが個別的自衛権という名の下に欧州各国を侵略したので、それに対する徹底的反省と、平和国家としてのドイツ流の筋を通しているのである。

 あらためて記す。日本は、世界から信頼され続けるためには、平和国家でなければならない。「普通の国」になっては、世界からの信頼は得られないのである。

 そのために、憲法はいかにあるべきか。自民党を含めて、すべての国会議員が平和国家としての筋をどのように通すのか。この点を曖昧にしないで、いかに明確にするか、という姿勢で論議していただきたい。

週刊朝日 2017年6月16日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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