西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。帯津氏が、貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。

【貝原益軒養生訓】
男女交接の期は、孫思ばく(※)が千金方(に)曰。
(中略)五十(の)者(は)二十日に一(たび)泄す。
六十者(は)精をとぢてもらさず。
もし体力さかんならば、一月に一たび泄す。(巻第四の62)
※二点しんにょうに貌

 益軒が養生訓のなかで繰り返し語っているのが「色欲(性欲)を慎め」ということです。「総論上」では「わかき時より色慾をつつしみ、精気を惜むべし。精気を多くつひやせば、下部の気よはくなり、元気の根本たへて必命短かし」(巻第一の9)と説いています。精気とは具体的には精液のことで、下部とは性器です。つまり、セックスで射精しすぎると、男性器は弱くなるし、命が短くなると忠告しているのです。

 さらに、巻第四では、「飲食」「飲酒」などの項目に続けて「慎色慾」の項目を設けて、色欲をどう扱うべきかを語っています。そこには、すでにお話しした(4月28日号)「接してもらさず」の教えもあります。益軒先生がさすがなのは、ただ闇雲にセックスを慎めと言っているのではなく、年代別にどの程度慎むべきなのか回数を示していることです。それが「男女交接の期は、孫思ばくが千金方(に)曰。人、年二十(の)者は四日に一たび泄す」(巻第四の62)のくだりです。

 唐代初期の名医、孫思ばくがまとめた医薬書『千金方』(備急千金要方)を引用して、20歳ならば4日に1回、射精していいと語っています。30歳ならば8日に1回、40歳なら16日に1回、50歳なら20日に1回と続きます。60歳になると射精しなくていいが、体力があるなら1月に1回がいいというのです。さらに、若くて盛んな人が忍んで1月に2回にして欲念をおこさないようなら長生きができる、といったことも語られています。

 
 今日の医学から見て、この回数に根拠を見いだせるかは疑問ですが、勃起力にしても射精力にしても青年期の方が老年期に較べて勝っているのは当然のことで、年齢とともに性交の回数が減っていくのは自然の摂理といえるでしょう。

 それとは別に注意しなければいけないのは、高齢になってからのセックスのリスクです。射精には、精管、陰嚢、前立腺の律動的な収縮が必要で、これをもたらすのは交感神経の作用です。交感神経の作用が高まれば、循環器系への負荷も高まります。つまり、性的興奮を伴った身体の過度な動きは、循環器系に負荷をかけて、心筋梗塞などのリスクを高めることになるのです。

 しかし、セックスに伴う歓喜がこの負荷を帳消しにしてくれるかもしれないとも、私は考えているのです。セックスから遠ざかってしまい、射精する機会がなくなると、前立腺ガンになるリスクが高まるという説もあります。

 老年期のセックスについて考えるときに私が思いうかべるのは、古代ローマの哲学者で政治家キケローの著作『老年について』の一節です。キケローは、老年は決して惨めではないということを説くなかで、「劇場の最前列で見る者は楽しいが、最後列でも楽しめる。青年期は快楽を間近にみて喜びが大きいだろうが、老年でもそれを遠く眺めて十分に楽しいのだ」と語っています。これには益軒の「慎色慾」の教えに通じるものがあります。

週刊朝日  2017年6月9日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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