ゲスの極み乙女。
ゲスの極み乙女。
ゲスの極み乙女。『達磨林檎』(ワーナー・ミュージック WPCL―12443)
ゲスの極み乙女。『達磨林檎』(ワーナー・ミュージック WPCL―12443)

 ゲスの極み乙女。の新作アルバム『達磨林檎』を聴いて思わずニンマリ。作詞、作曲を手がける川谷絵音のソング・ライターとしての才能や個性、プロデューサーとしての手腕を再認識。もちろん、キーボードのちゃんMARI、ベースの休日課長、ドラムスのほな・いこかの演奏のスキルも。

 ゲスの極み乙女。と言えば2014年に「猟奇的なキスを私にして」でメジャー・デビューして以来、「私以外私じゃないの」のヒットで紅白歌合戦にも出演。甘利明・元経済再生担当相が替え歌にしてマイナンバー制度をPRした、あの歌ですね。それよりも川谷絵音がベッキーとの不倫報道で話題を呼び、一躍時の人となり、メディアの格好の餌食となった。その直後に発表されたのが2作目のアルバム『両成敗』。アルバム・タイトルやタイトルにちなんだ収録曲「両成敗でいいじゃない」が不倫問題と絡めて話題となったが、ヒット曲を収録し、内容の充実した同作は彼らを支持するファンのみならず音楽関係者から絶大な評価を獲得した。ただその後、未成年女性と飲酒した問題で活動を自粛。その際に発売延期となったアルバムが、活動再開とともに発表した今回の『達磨林檎』だ。

 裏声を交えた甘い歌声でラップさながらに早口でまくしたてる川谷絵音のヴォーカル。クラシックを学んでのちにジャズ、プログレにも傾倒してきたちゃんMARIのキーボード・ワーク。休日課長のチョッパー・プレイや、ほな・いこかの明快で闊達(かったつ)なドラムスも、歌やリード楽器のサポートではなくフロントに並び、メンバーそれぞれが個性を発揮したリズム・アンサンブル。さまざまな音楽要素を織り交ぜ、リズムの変化の妙を見せた演奏展開がゲスの極み乙女。の看板だ。

『両成敗』では、川谷絵音がメロディー・メイカーとしてのスキルを発揮し、親しみやすいポップな作品を収録。同時に自身の存在意義を自問した内面観察、世間との関わり、恋人や他者との心の隔たりを巧みに描いたユーモアや皮肉を込めた歌詞に個性を発揮。バンドとしてのアンサンブルの充実も評価されてきた。

 そして『達磨林檎』。タイトルがまたもや意味深だ。その表題曲とも言える「DARUMASAN」のミュージック・ビデオを制作した加藤マニ監督の「善悪を知ることになる禁断の果実と、倒れても倒れても起き上がる縁起物のアマルガムともとれる“達磨林檎”というアルバムタイトルの通り、その2モチーフで飾りました」とのコメントに、なるほどと納得。ユーモアやウイットにとんだ遊び心あふれる歌詞には、あっかんべーって後ろ向いたらだるまさんが転んでいたという皮肉な意味合いを込めたような一節がある。

 皮肉といえば「影ソング」。これもミュージック・ビデオを見れば明らかだが、不倫騒動の際のメディア、マスコミへの皮肉を込めたしっぺ返しに違いない。

 今作でのハイライト作品のひとつが「某東京」。女性コーラスのスキャットにはじまり、内面の焦燥感を表すかのようなリズミカルなアップ・テンポのジャズ・アレンジをバックに、川谷絵音自身の上京以来の東京とのかかわりを早口でまくしたてた作品だ。その人間観察や内面の自己観察が面白い。

 もう1曲は「いけないダンスダンスダンス」。その1曲前の「午後のハイファイ」、1曲後の「勝手な青春劇」と連なる形になっていて、リズミカルかつシンプルな演奏展開だけに歌詞がすんなりと耳に入ってくる。“俺は生きてる”という男と“私は生きてる”という女の対になったモノローグ。男の語りでは川谷絵音の歌詞にしばしば登場する“大人”になり切れないという一節も。女の語りは退屈な日常の有り様、めんどくさいなという歌詞そのまま、倦怠(けんたい)の表情を交えながら、というのがリアル。次いで、女性2人のかけあいに。

「シアワセ林檎」や「ゲストーリー」では、ほな・いこかがヴォーカルに加わり、川谷絵音とデュエットを披露。また、ゲスト参加の佐々木みお、えつこによるコーラスが随所に挿入され、新味をもたらしている。「いけないダンスダンスダンス」での女性同士のかけあいもその2人によるもので、“いけないダンス”に憑かれた2人の会話に耳をそばだたせてしまう、という案配だ。さらに“ダンスダンス”という歌詞が繰り返されるダンス・ミュージック的展開で、9分弱の長尺作品だが一気に聞かせる。その音楽展開、構成には感服。川谷絵音のプロデュース手腕を物語る作品だ。

 そして、ラスト2曲。軽快なドラミングやシンプルなピアノ・リフをバックに川谷絵音がラップ・スタイルで歌う「Dancer in the Dancer」、ファンク・スタイルで重量感のある「ゲストーリー」など、リズム・アンサンブルの充実も見逃せない。前作『両成敗』でのバンド・サウンド主体の演奏展開から一歩前進、メンバーそれぞれの個性が際立った自由な音楽展開というのも今作の特徴としてあげられよう。川谷絵音が楽曲制作などで参加するDADARAYやヴォーカルを担当するindigo la Endとともに、ゲスの極み乙女。のこれからが楽しみだ。(音楽評論家・小倉エージ)

※週刊朝日オンライン限定記事