作者は看板絵師の八条祥治さん(60)という。大阪市西成区のアトリエ「八條工房」を訪ねた。

 八条さんは丁寧に、ときに荒々しく筆を走らせた。数歩下がって全体を俯瞰し、構図や発色の具合を確かめると、また描き出す。

 濃淡や陰影を強調すると、悩ましい表情が浮かび上がる。看板は遠くからも目を引くものでないといけない。

 八条さんは言う。

「下品には描かない。美しく、きれいに……。品のいいエロスを心がけています」

 看板制作会社の絵師だった父の独立をきっかけに、勤め先の建築会社を20代で辞めてこの世界に入った。関西各地の直営館に看板(洋画や邦画の名作看板も多い)を卸したが、2000年以降は閉館が相次ぎ、注文が激減。映画の看板絵師は、大阪では八条さんぐらいである。

 それにしても大阪の街は刺激に満ちている。路地裏には東京では絶対に見ることができないような看板や案内表示がある。

「きいつけやー あんたのことやで そのバッグ」

 これは、ひったくり被害防止のポスター。警察と防犯協会が連名で呼びかけたものだが、一瞬ドキッとする。

「もうあかん やめます!」

 そんな悲痛なメッセージを掲げつつ、営業を続けていた靴店もあった。地下街に潜り込むと、公衆トイレの入り口には「ようおこし」と書かれた案内……。

 猥雑さの中から立ちのぼってくる人間の真実。「色」の世界も同じ。元遊郭近くには薬局の軒先にひと言、こんな看板もあった。

「ゴムあります」

週刊朝日 2017年6月2日号