西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。帯津氏が、貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。

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【貝原益軒 養生訓】
養気の術つねに腰を正しくすゑ、真気を丹田(たんでん)におさめあつめ、呼吸をしづめてあらくせず、(中略)胸中に気をあつめずして、丹田に気をあつむべし。
(巻第二の48)

 生命のエネルギー、いわゆる生命力を高めることが養生です。中国医学ではこの生命のエネルギーを「気」という言葉で表現します。益軒も、養生訓のなかで、養生の道は気を整えることだと語っています。

「百病は皆気より生ず。病とは気やむ也。故に養生の道は気を調(ととのう)るにあり」(巻第二の47)

 生まれつき持った先天の気と、飲食などによって得た後天の気が結合したものを真気といいます。正気、元気ともいうのですが、これが体の中を滞りなくめぐっていることで、全身に力がみなぎり、健康になるというのが中国医学の考え方です。そして、この気が流れる上下のルートを経脈(けいみゃく)、そこから分かれたルートを絡脈(らくみゃく)といいます。合わせて経絡(けいらく)といい、全身に行きわたっています。鍼(はり)や灸はこの経絡を刺激することで、気の流れに働きかけて治療するのです。

 気の流れの中心になるのが丹田です。丹田とは道教でいう丹薬(生命を育む秘薬)を栽培する田圃(たんぼ)という意味です。

「臍下三寸(約9センチ)を丹田と云。腎間の動気ここにあり。難経に『臍下腎間の動気は、人の生命也。十二経の根本也』といへり。是人身の命根のある所也」(巻第二の48)

 益軒も後漢(25~220年)の末期以前の医学書の難経(黄帝八十一難経)を引用して、丹田に躍動する気(動気)が生命の源であり、丹田こそ命の根本がある所だと説いています。

 
 そして、気を養う方法については、腰を正しく据えて、真気を丹田に集めることだと語ります。胸中ではなく、丹田に集めなければいけないというのです。

「上虚下実(じょうきょかじつ)」といわれるのですが、気功や太極拳などの武術では、いずれも上半身の力を抜いて、下半身に力をみなぎらせて姿勢を整えます。これは、つまり丹田に気を集めるということなのです。

 私は学生時代に空手部に籍を置いていましたので、その頃から丹田は意識していました。外科医になって大腸を手術する際には、臍下三寸の丹田の部分をつぶさに調べました。しかし、そこにあるのはつづら折りになった小腸のみです。

 西洋医学では、解剖して見つからないものについては、関心を示しません。人体解剖で血管は見つかるのですが、経絡は見当たらないのです。ですから、西洋医学では、気の存在を認めません。しかし、私が手術をするたびに気になりだしたのは、臓器と臓器の間にある空間です。身体の中は実は隙間だらけなのです。この空間に着目してみると、生命のエネルギー、気の世界が見えてきました。見えないものにも関心を向ける中国医学は西洋医学にない深さがあります。

 益軒は身分の高い人に対してものを言うとき、忙しいとき、やむを得ず人と論争するときにも、丹田に気を集めるといいと語っています。気を集めるには、丹田を意識して、力をみなぎらせるようにすればいいのです。是非、挑戦してみてください。

週刊朝日 2017年6月2日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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