妻:お互い初めてやることばかりで、つらくて大変なのは当たり前だと思っていましたからね。助け合いながら乗り越えたのはいい経験になりました。仕事がうまくいったときの喜びや達成感は大きかった。勇造くんはゆっくりで、私はまったく逆なんですけど。

夫:野球で言うと、攻めと守りですね。

妻:でも、私はずっと前から一目置いていましたし、仕事に対する誠実な姿勢や人の悪口を言わないところは、出会ったころから尊敬しています。

夫:浜内も、人に評価されるようになったのは40代後半からだったんです。「料理人」と「料理研究家」の違いに気づいて、自分は家庭料理のプロだと意識するようになってからでした。

妻:最近ですね(笑)。

――20代半ばから同棲を始めた二人だが、周囲には秘密にしたまま事実婚状態が20年ほど続いた。

夫:結婚はどこかのタイミングでするだろうと思っていましたけど、特にこだわっていなくて。

妻:私が料理教室の借金を抱えていたので、それをきれいに返し終わるまでは結婚どころじゃなかったんです。最初は3人で始めた料理教室を一人で続けていくことになり、教室を買うことに。35歳のときに会社をつくって銀行からお金を借りました。借金返済のプレッシャーが大きく、スタッフもいましたから、結婚して子どもができてもいけないと思った。私の両親も「結婚しなくてもいいんじゃない?」という感じ。私たちも「別にいいよね」と。

夫:結局、借金は30代のうちに浜内がすべて返し終わったんです。でもそのころはお互い多忙を極めていて、結婚する必要性を感じなかったんですよね。

妻:勇造くんが仕事で家に帰ってこない日が続いたりもしました。「家庭が第一」というコンセプトをもっと早い段階で共有していれば、こういう流れにならなかったかもしれないですが。

夫:お互い「仕事が一番大事」という点で一致していましたから。唯一の趣味は、土日は一緒に掃除すること(笑)。それは今も続いています。結婚してもしなくても、生活の基本的なリズムは変わらないです。

「寺岡勇造・浜内千波夫妻 “事実婚20年”から結婚した理由」へつづく

週刊朝日 2017年5月26日号より抜粋