西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。帯津氏が、貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。

*  *  *

【貝原益軒 養生訓】
豆腐には毒あり。気をふさぐ。
されども新しきを煮てにえばな(※)を失はざる時、
早く取あげ、 生(なま)だいこん(※)のおろしたるを加へ食すれば害なし。(巻第四の17)

 養生訓は益軒が生き方や死生観を説いている部分もありますが、項目によっては、とても具体的で実用的な内容になっています。そこが、江戸時代の庶民に受け入れられ、ロングセラーとなった理由かもしれません。特に「飲食」の項目では、何が体にいいか事細かに書いています。例えば、こんな具合です。

「脾胃(消化器系)の好む物は何ぞや。あたたかなる物、やはらかなる物、よく熟したる物、ねばりなき物、味淡くかろき物、にえばなの新に熟したる物、きよき物、新しき物、香りよき物、性平和なる物、五味の偏ならざる物、是皆、脾胃の好む物なり。是、脾胃の養となる。くらふべし」(巻第三の46)

 さらに「脾胃がきらふ物」として生ものや冷たいもの、煮えていないもの、煮過ぎたもの、あぶらが多くて味が重いものなどをあげています。魚や野菜の調理法についての具体的な指示もあります。「大きな鯉や鮒は大きな切り身や丸煮にはしないで薄く切る。大根、人参、南瓜、白菜も薄く切って煮たほうがいい」「新鮮な生魚に塩を振って、一両日、天日干しにした後、あぶって酒をつけて食べるといい」といった内容です。

 益軒が「飲食」の項目で語っているなかには、現代の食の常識からすると、首を傾げたくなるものがないわけではありません。例えば「同食(くいあわせ)の禁忌(きんき)多し」といって、一緒に食べてはいけないものを三十数種類にわたってあげていますが、豚肉に生姜がダメだったり、根拠の不明なものがかなりあります。

 
 しかし、現代医学に照らし合わせても、なるほどと思える教えも多いのです。「あたたかなる物をくらふべし」というのもその一つです。低体温や冷え性の人が増えていますが、体温が低いと、リンパ球が減少したり、活発でなくなったりして、免疫力が落ちてしまいます。理想的な体温である36度5分を保つには、あたたかい食べ物や飲み物を体に入れて、体温を上げておくことが大切なのです。

 ところで、私が大好物で毎日欠かさない豆腐について、益軒先生はなんと「毒あり」と言っています。豆腐に毒があるとは聞いたことがありません。毒とみなしたのは、凝固剤として使っている苦汁(にがり)のことでしょうか。主成分は塩化マグネシウムです。これが消化に悪いと言っているのかもしれません。

 ただし、新しいものを煮て、煮えたてを早く取り上げて、生の大根おろしを加えれば、害がないと続きます。つまり、あたたかい湯豆腐に大根おろしで食べなさいというのです。湯豆腐が大好きな私としては、このくだりでさすが益軒先生と言いたくなります。

「雪なべ」という料理をご存知でしょうか。水をはった土鍋に大根おろしをたっぷり入れ、大振りの豆腐を加えて火にかけます。煮えてくるにつれ、大根おろし汁が透明になり、豆腐がおどり出し、これを酢醤油で食べると、じつに旨いのです。益軒先生の知恵が入った湯豆腐の王様です。

※にえばな:食へんに壬
※だい:草かんむりに來
※こん:草かんむりに服

週刊朝日  2017年5月26日号

著者プロフィールを見る
帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

帯津良一の記事一覧はこちら