西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。帯津氏が、貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。

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【貝原益軒 養生訓】(巻第二の61)
呼吸は人の鼻よりつねに出入る息也。呼は出る息也。
内気をはく也。吸は入る息也。外気をすふ也。
呼吸は人の生気也。呼吸なければ死す

「呼吸は人の生気也。呼吸なければ死す」

 まさにこの通りです。呼吸は生物が外界から酸素を取り入れ、二酸化炭素を放出するための生理現象で、生命維持に欠かせません。これを人は「おぎゃあ」と生まれたときから四六時中、無意識に行っています。平均すると1分間に約15回、1日に2万1600回です。

 この無意識に繰り返している呼吸を意識的に行うことで、「呼吸法」になるのです。通常は無意識下の呼吸を意思の力でコントロールすることができる。これが養生にとって呼吸法が重要であるポイントです。呼吸法が身につくと、1日2万1600回の呼吸が変わってきます。寝ている間の呼吸さえも変化すると、私は思っているのです。

 気功、ヨガ、座禅など、いずれもベースは呼吸法です。今でこそ、呼吸法の大切さが知られてきましたが、益軒は江戸時代に着目しているのですからさすがです。さらに、具体的に呼吸の方法を説いています。

「これを行うときには、身を正しく上向きに寝て、足をのばし、目をふさぎ、手をにぎりかため、両足の間を5寸(約15センチ)にして、両肘と体との間も5寸にする。一昼夜の間に一、二度行う。長くやれば、効果が出る」

 これは臨済宗の中興の祖といわれる白隠禅師(はくいんぜんじ)が説いた「内観の法」の原型といえます。50年ほど後輩の白隠禅師は、益軒の教えを踏まえて優れた気功健康法である「内観の法」を生み出したのでしょう。

「上向きに寝て、両足を伸ばし強く踏み揃え、体中の元気を臍輪気海丹田(さいりんきかいだんでん=へそとその下)、腰脚足心(ようきゃくそくしん=腰と足)に充たすようにする」のが「内観の法」です。これを吐く息に気持ちを込めながら行います。肩の力を十分に抜いて、下半身を充実させるのです。内なる生命が集約される気海丹田に意識を集中させます。

 
 丹田については益軒も「常の呼吸のいきは、ゆるやかにして、深く丹田に入(いる)べし。急なるべからず」と説いています。ただ白隠と違い益軒は天地から気を取り入れるという考えから、吸う息を重視していました。今日(こんにち)の呼吸法は東洋であっても、英国のスピリチュアルヒーリングであっても、「呼主吸従」(こしゅぎゅうじゅう)といって吐く息が中心です。

 吸う息に気持ちを込めると、自律神経のうち生体を活動的にする交感神経が優位に働きます。反対に吐く息に気持ちを込めると生体を沈静化する副交感神経が優位に働くのです。

 ストレスの多い情報化社会で生活していると、常に交感神経が先に行ってしまい、副交感神経は置いてきぼりをくっています。そういうアンバランスを、吐く息が副交感神経を引き上げることで正してくれます。

 もうひとつ、吐く息では呼気と一緒に体の中のゴミが外に出されるのですから、体内の生命(いのち)の秩序を高めることになります。

 意識的に呼吸をするときは、吐く息に気持ちを込めた方がいいのです。是非、試してみてください。

週刊朝日 2017年5月5-12日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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