“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、日米の政界で為替相場について「しゃべる人と、しゃべらない人」がいるという。

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 1985年のプラザ合意を機に、ドル高が急速に是正された。窮地に陥っていた米国農業を守るため、ベーカー財務長官(当時)が強く推し進めたとも聞く。

 2001年夏だったか、米国の農業団体が「ドル安にせよ」とよくデモをした。日本のマスコミが報道し、ドル安円高が進んだこともあったと記憶している。

 一方で、日本の農業団体が「円安を」とデモした話は聞かない。そこで、4月10日の参議院決算委員会で、山本有二農林水産大臣に「本当に農業振興、漁業振興をしたかったら、隣に座っている麻生大臣に円安を主張されればどうですか?」と申し上げた。

 1ドル=100円のとき、1個1ドルの外国産たまねぎは100円。1ドル=200円の円安となれば1個200円になる。外国産の値段が2倍になれば、国産は多く売れるだろう。

 逆に、1個100円のりんごを輸出するとき、1ドル=100円では輸出価格は1ドルだが、1ドル=200円の円安になれば、1個は0.5ドル。外国人消費者が買う価格は半値になり、輸出が伸びるだろう。

 麻生太郎財務大臣に「農業のためにも円安にしたらどうですか」と聞くと、次の答弁ではぐらかされた。

「もう何十回と同じ話したと思いますので、そちらも飽きているし(注:私はちっとも飽きておりません)、こっちも、答弁する方も飽きているぐらいなんですが、為替の話を財務大臣がすることはないの。もう何十回も言ったじゃないですか。だから、ここでしゃべったら円が動くんだから。麻生太郎がしゃべったら円が動くのよ、ドルが動くの。そういう今立場ですから、日本の国もそれだけ力がありますので、こういうところではしゃべらないの(後略)」

 私は「ここで円安をと言えば日本の農業と水産業は助かるんですから、まさに日本の救世主になれますよ」と返しておいた。麻生大臣の発言でドル高になるならば(私はなると思う)ぜひ、そうしてほしい。

 
 その2日後、トランプ米大統領が「ドルは強くなりすぎている。最終的には害をもたらす」と突如発言した。為替相場は激しく反応し、一時1ドル=108円台後半に。5カ月ぶりの円高ドル安となった。

 日本の財務大臣が為替の話をしなくても、米大統領が口先介入しているではないか!ということで、4月13日の財政金融委員会で再び麻生大臣に聞くと、こんな答えが返ってきた。

「トランプ大統領の発言は承知しておりますけれども、これは少なくともG20とかG7で長いこと決められております了解事項でもありますので、一人がそれに違ったことを言ったから、じゃ俺も言えるわというようなレベルですかね」

 麻生大臣は「一人」と言うが、それは米国大統領ですからね。

 円安を導くのは日本経済にとって大きな国益だ。だから、多少の無理・犠牲を払ってでも言うべきだと思うし、他国を説得するのは政府の重要な責務になる。

 私がモルガン銀行勤務時代に唱えた「日本の経済低迷の元凶は円高だ」との主張は、外国人金融マンに広く支持されていた。

 トランプ米大統領も中国も、自国通貨安を望んでいる。景気低迷期には、国益にかなうからだ。私と麻生大臣の論争を「ハブとマングースの戦い」と称する議員がいることを、先週のこのコラムで紹介した。今後とも戦いは続くだろう。

週刊朝日  2017年5月5-12日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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