ジャーナリストの田原総一朗氏は、安倍政権が掲げる右翼的な政策が自民党内で受け入れられている状況を非難する。

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 教育勅語をめぐっては、学校法人「森友学園」の幼稚園が園児たちに唱和させていたことに安倍首相夫人が感動し、さらに稲田朋美防衛相が国会で「核の部分は取り戻すべきだ」と再評価する発言を繰り返したことが問題になった。

 教育勅語には、親孝行や夫婦の和、博愛といった徳目があって現代にも通じるというのだが、そんなことを言うために、何も教育勅語を持ち出す必要はない。

 私は1934年の生まれで、小学校で教育勅語を暗記させられた。教育勅語の核心は、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」という部分だ。いったん戦争という事態となったら、国民は命を懸けて戦い、天皇の国をいつまでも繁栄させるということなのだが、実は私が生まれたときから日本は戦争の時代に突入していた。31年には満州事変が起こり、37年には日中戦争、そして41年には太平洋戦争が始まった。いずれもパリ不戦条約違反の侵略戦争だ。その戦争に反対すると警察に捕まり、拷問で亡くなった人間も少なくなかった。だからこそ教育勅語は戦後の48年に衆院で排除の、そして参院で失効の決議がされたのである。

 その教育勅語を、なんと学校教材として活用することを否定しないとする答弁書を安倍内閣が閣議で決めた。菅官房長官はさらに踏み込んで、道徳教材としての使用を容認する考えを記者会見で示した。

 また、4月6日から「共謀罪」法案についても野党の反対を押し切り強引に衆院本会議で審議が始まった。「共謀罪」は、これまで3回廃案になったが、いまなぜ強硬に成立させなければならないのか、さっぱりわからない。従来の「共謀罪」とどこが変わったのかもよくわからない。

 先日、作家の猪瀬直樹氏が「保守の劣化」と強く指摘した。

 
 かつての自民党ならば、たとえば安保関連法にしてもカジノ法にしても、党内で激しい議論が展開されたはずだ。私たちが若かったころは、野党の動きになどほとんど関心がなかった。自民党主流派と反主流派・非主流派が、与野党間以上の激しい論争を展開していたのである。

 首相や自民党総裁が代わるのも、野党との戦いで代わることはほとんどなかった。反主流派・非主流派との戦いに敗れて代わらざるを得なかったのだ。

 そういう意味では自民党は、自由にものが言える民主的な政党だった。また、主流派、反主流派の意見を構築する学者や文化人も何人もいた。

 だが、選挙制度が変わって小選挙区制になり、執行部が認めないと立候補できなくなったためか、反主流派も非主流派も存在しなくなってしまった。そのために、自民党内で論戦というものがまったくなくなってしまった。自民党は、執行部と異なる意見が言えない政党になってしまったのである。

 はっきり言えば、自民党議員は安倍首相に対する批判が一切言えず、また言う気力のある議員もいなくなってしまった。

 幼稚園児に教育勅語を暗唱させ、中国人や韓国人はうそつきだ、などと教えている籠池泰典氏はレベルの低い保守というより右翼であり、そんな森友学園をすばらしいと言っている安倍首相夫妻はおおいに間違っている。それに対して批判一つ出ない自民党は保守の劣化だと言うしかないだろう。

※週刊朝日 2017年4月21日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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