格差が広がり、是正を進めようとしている日本。“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、「行き過ぎた格差是正」の危険性とともに、どの程度まで是正するか検討する必要があると説明する。

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「私が子供の頃はね~」と昔話を始めると、秘書のアベは「石器時代の話ですね~」と反応する(私は66歳。そんなに年寄りではないわい!)。

 通っていた小学校は中流家庭以上の子が学ぶ学校だったと思うが、電話のない家も多く、連絡網には(呼び出し)と数多く付記されていた。丸い石炭ストーブが教室に鎮座し、朝、石炭をくべる当番があった。

 6歳のとき、新しく建てた家が水洗便所になったのは自慢だった。新聞紙を切ったトイレットペーパーは以後、使えなくなった。風呂の水は張りっぱなしで、取り換えるのは数日に一度。タクシーに乗るのは短距離でも大変な散財という感覚だった。来客時に出前のすしをとるのは、わが家の一大行事。うれしかったことを今でも思い出す。

 私の父は東芝勤務のサラリーマンで、こんな生活でも中の上の世帯だったと思う。当時、日本国民の間の格差はあまりなく、みな平等に貧しかった。

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 参議院財政金融委員会で3月21~23日、「税制改正案」を論議した。

 所得税、相続税について議論すると、「格差是正のため、所得分配機能の強化」という話が何かと出てくる。税制に限らず、「格差是正のため」という理由を金科玉条としていろいろな法律が成立していく。その格差の指標として、ジニ係数が使われることが多い。

 そこで、23日の委員会で「可処分所得が2億円、5千万円、5千万円の3人しか国民がいないA国の等価可処分所得のジニ係数はいくらか?」と聞いてみた。ちなみに、ジニ係数は数字が大きいほど格差が大きいことになる。答えは0.333。日本の平成26年の等価可処分所得のジニ係数は0.281だから、A国は日本よりも格差が大きいことになる。

 
 また、可処分所得が20万円、5万円、5万円の3人しか国民がいないB国のジニ係数も、A国と同じ0.333である。

 モルガン銀行に勤務していた30年ほど前、会議のために出張したタイで、ショックを受けた。われわれが宿泊した高級ホテルの玄関前までの200メートルほどに、上半身裸の女性が赤ん坊に乳房を吸わせながらずらっと座っていたのだ。物乞いだ。絶対的貧困層をなくすことは国の最大の仕事の一つだと、そのときに強く思った。

 しかし、「相対的格差」の是正をどこまでやるべきかはきちんと考えるべきだ。ジニ係数も絶対的な指標にはならない。

 先に述べたA国で政府が格差是正や所得再分配を進めれば、2億円の収入を稼ぐ人は間違いなく働く意欲を失う。国力が落ちる。A国では格差是正は有害でさえある。

 B国の場合、格差是正を考える前に絶対的貧困をなくすことが急務のはずだ。

「激しい格差」は是正すべきだが、「行き過ぎた格差是正」は避けるべきだ。格差是正が進み、国民全員が同じ可処分所得になれば、誰も働かなくなる。「格差是正」を金科玉条にするのではなく、どの程度、格差を是正すべきかを考える必要がある。結果平等ではなく機会平等を志向していかないと、この国の未来はないように思う。

週刊朝日  2017年4月14日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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