――被写体としてのデヴィッドの印象は?

 彼に密着していたのは72~73年の比較的短い期間だった。当時から赤い髪やメイク、眉間の“第三の目”などは鮮烈なインパクトを持っていたけど、むしろ今になって驚かされるね。私が撮ったデヴィッドの写真は、どれも昨日撮ったみたいだ。まったく時代を感じさせない。75種類ものコスチュームで次々に撮影したよ。「チェンジズ」という彼の曲があるけど、まさにその通りだ。

――ステージ上のデヴィッドはどうでしたか。

 デヴィッドとギタリストのミック・ロンソンは完璧なロックンロール・コンビだった。ミック・ジャガーとキース・リチャーズ以上のカラフルなペアだったよ。立ってギターを弾いているミックの前でデヴィッドがしゃがみ、歯でギターを弾こうとしている写真がある。その日、ライブが終わった後、デヴィッドが「さっきの、撮った?」と珍しく興奮していたのを覚えているよ。あの写真は時代を象徴する写真のひとつとなった。デヴィッドがミックのモノをくわえようとしていると考える人がいるけど、それは誤解だよ(笑)。

――デヴィッドの人柄は?

 とても寛大な人物だったよ。デヴィッドやルー・リード、イギー・ポップを撮ったことで私のロック・フォトグラファーとしての地位が上がり、仕事の幅が広がった。でも彼らを撮って金持ちになったわけではない。デヴィッドの米国ツアーに同行したときも経費は出たけど、ギャラはなかった。デヴィッドはそのことを覚えていて、私が撮影した「スペイス・オディティ」や「火星の生活」のビデオの権利を99年にすべて譲ってくれたんだ。「当時ギャラを出せなくてすまなかった」ってね。

――73年7月3日、ロンドンでの“ジギー・スターダスト”引退コンサートの現場にはいましたか。

 いや、ハマースミス・オデオン2回公演のうち、私は前日の公演を見たんだ。その日、ロンドンのホテルで彼と話していたら、突然「明日ですべてが終わる」と言い出した。彼が何を言いたいのか、正直理解できなかった。彼がミュージシャンを辞めるのか、ライブを止めるのか、ジギーというペルソナを引退させるのか……彼の意図が分からなくて、黙るしかなかったよ。

――ジギー引退後、デヴィッドとの関係は変わりましたか。

 以前ほど濃厚な関係ではなくなったね。76年、ベルリンでの撮影を頼まれたんだ。でもその翌日、ルーにニューヨークに誘われた。私は若くて血気盛んだったから、ニューヨークでの仕事の方が刺激的に感じたんだ。デヴィッドは理解を示してくれたし、それからも友達だった。彼がいなくなって、この世界が色褪せた気がするね。

(構成/山崎智之)

※週刊朝日 2017年4月7日号