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杉野希妃が映画「雪女」を独自解釈で描いた理由とは?

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杉野希妃(SUGINO KIKI)/1984年生まれ。広島県出身。慶応大学在学中にソウルに留学。主演兼プロデュース作は「歓待」「おだやかな日常」ほか多数。公開待機作に日仏合作「海の底からモナムール」、ブルガリア映画「ユキとの写真(仮)」がある(撮影/写真部・加藤夏子、衣装協力/アニエス・ベー)

杉野希妃(SUGINO KIKI)/1984年生まれ。広島県出身。慶応大学在学中にソウルに留学。主演兼プロデュース作は「歓待」「おだやかな日常」ほか多数。公開待機作に日仏合作「海の底からモナムール」、ブルガリア映画「ユキとの写真(仮)」がある(撮影/写真部・加藤夏子、衣装協力/アニエス・ベー)

 子供の頃から、惹きつけられてやまないものがあった。世の中と自分の中にある“曖昧さ”。善悪とか勝ち負けとか、新旧とか嘘と真実とか。杉野希妃さんはそのどれにも分類できない現象や感情に思いを馳せることが好きだった。

「宝塚の世界が大好きで、宝塚に入ることが夢だったのに、家族は、『学生は勉強しなさい』の一辺倒で。ことあるごとに空想の世界に逃げ込んでいたのは、その反動だったのかもしれません(苦笑)」

 大学に進学すると、今度は韓国映画にのめり込んだ。韓国への留学を決め、留学中に「まぶしい一日」という韓国映画で俳優デビューを果たす。日本に戻ってから、大手の芸能プロダクションに所属するが、俳優として受け身であり続けなければならないことにもどかしさを感じ、出演する作品を自分でプロデュースしたいと社長に相談した。

「映画に対して情熱を持っている社長だったので、“どんどんやれ!”“自分で脚本も書いてみるといい”と応援してくれました。それで、マレーシアのヤスミン・アフマド監督と組んで、私がプロデュースして出演もする予定だったんです。撮影の2カ月前に監督は急逝したので、彼女との映画は作れませんでしたが、女性ならではの感性で、人種も宗教も超えるような映画を作り続けていた彼女に刺激された私は、自分でも撮ってみたいと思うようになりました」


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