当時、イギリスがインド人を通じてケニアを植民地支配していました。インド人のバーテンダーが伊谷さんに、酔っぱらいのケニア人を「ただ飲みの常習だ。たかられないように気をつけたほうがいい」と忠告します。伊谷さんはそれを聞きつつも、ケニア人に酒をおごる。アフリカの独立の雰囲気のなかで、何が起ころうとしているかを敏感に察知していたのです。明確には書いていませんが、日本人として人類学者として、現地の人の側につこうとの思いがあったと思います。

 変な日本人がやってきてゴリラを見たいと言う。地元の人からそう思われながらも、著者は自分のやりたいことを伝えていきます。聞き込みしながら、ふさわしい調査地へと歩を進める。失敗も誤解もあるなか、先人がいないから、その過程がすべて新しいのです。本書は、自分が今の道に進む際の教科書となりました。

 大学の学問では、自分で問いをたてることが重要です。フィールド・ワークでもその都度、自分で問いをたてないといけない。それは難しいと同時に、とても楽しい作業なんです。

 京大が“探検大学”と呼ばれるのは、フィールド・ワークを核とする精神を持っているからです。自らの体験を通じて、自分の視点を持つ。そのことを大切にしてほしいと思います。

週刊朝日 2017年3月3日号