作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、男性の性犯罪における無関心さを指摘する。

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 NHK記者が強姦致傷容疑で逮捕された。本人は容疑を否認しているが、現場に残された体液のDNA型が一致し、さらに数年前の強姦事件で残された体液のDNA型とも一致したという。

 容疑者と何度か言葉を交わした女友だちがいる。逮捕を知りパニックに陥った。容疑が確定したわけではないが事実であれば……と、考えただけで全身の毛穴が開き、吐き気に襲われた。被害にあった女性たちはどれほどの恐怖だったろう。「彼女」はもしかしたら「私」だったかもしれないのだ。

 いてもたってもいられず知人の男性数人に、その思いを話した。ところが彼らの反応に、彼女はあっけに取られることになる。男性たちはほぼ例外なくこう言ったという。「あいつも人生を棒に振ったな」「NHKも不祥事続きで大変だな」。なぜ!? 性犯罪の話をしているのに、彼のキャリアや組織の未来など、全く違う方向に話がいってしまうのは、なぜ!?

 話を聞きながら、大きく頷いてしまった。人権意識が高い男性であっても、こと性犯罪については途端に鈍くなるのは珍しくない。恐らく男性には「自分が被害者になる」想像が難しいのだろう。加害者に対しても、「人生棒に振った」程度にしか考えが及ばない。つまりは無関心なのだ。

 
 性被害は簡単に数値化されない。犯罪件数でいったら、性犯罪がとりわけ多いわけではない。それでも、性的被害を全く受けずに大人になった女が、この国にいるだろうか。道でペニスを見せられたり、「お菓子あげる」と連れていかれそうになったり、通りすがりに胸を触られたり。「犯罪」として被害を訴えない「被害」が、どれだけ多くの女たちの記憶の中で澱のように溜まり、腐臭を放っていることか。

 半年ほど前、ネットで「金玉潰し」というワードが飛び交った。痴漢被害者を男性に置き換えた場合、どのような行為に相当するのか。それは「お尻やペニスを触る」ではなく「金玉潰し」だと、一人の女性が声をあげたのだ。性被害を訴えても、「気持ちよかったのでは」と快楽に結びつけ矮小化したり、加害者の性欲の問題にする社会において「金玉潰し」が素晴らしいのは、快楽の問題を排除したこと。「金玉」が性的なものであるのは承知の上で、女が「金玉」を狙うのは、そこが性的だからではなく、男にしかない急所だからだ。これほど、加害者の暴力性と被害者の痛みが際立つ例えはあるだろうか。

 加害者や被害者にジェンダーがなく、ヴァギナもペニスも金玉も取り換え可能な肉体の一部でしかない。そんなふうに考えれば、女性の身体を触る=金玉潰し、の例えには抵抗があるだろう。それでも、女性が圧倒的に性暴力被害を受けている社会で女性たちから見えている性の地図を、男性にも想像してほしいと思う。性の平等とは、等しく加害者になることではなく、等しく主体が尊重され、恐怖から解放され、安心して生きられることだ。

週刊朝日 2017年3月3日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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