ジャーナリストの田原総一朗氏は、言うべきことを言わずに親密ぶりを誇張する安倍晋三首相とトランプ大統領の関係性に疑問を呈している。

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 2月10日に米ホワイトハウスで行われた安倍晋三首相とトランプ大統領の初会談を、日本の新聞、テレビはいずれも「成功」という報じ方をした。何より両者が突出した親密度を示したことを強調した。

 会談後、トランプ大統領はフロリダ州パームビーチにある別荘に安倍首相を招待し、両者でゴルフを楽しんだ。トランプ大統領は安倍首相を非常に厚遇したわけだ。

 会談前、日本側はトランプ大統領が数々の難問をつきつけてくるのではないか、と心配していた。日本は、米国に対して中国に次ぐ貿易黒字を出している。米国にしてみると、689億ドルの貿易赤字である(対中国は3470億ドル)。

 トランプ大統領は口癖のように、「日本からは大量の自動車を米国に輸出してくるのに、米国から日本には輸出できない。これは不公平極まる」と怒っていた。実は対米貿易黒字の8割弱は自動車なのである。また、中国と並んで日本は不当な為替操作をしている、とも非難していた。

 だが、自動車の話も、為替の話も一切なかった。米国はTPPを拒否して、コメや牛肉など農産物についての不満をぶつけてくるのではないかと予測していたが、経済についての具体的な話はまったく出なかった。要するに両首脳の親密度をアピールするために、複雑な経済問題は全部先送りにしたわけだ。

 トランプ大統領は日米同盟の強化を強調し、尖閣諸島が米国の防衛義務を定めた日米安保条約第5条の適用対象だとも明言した。在日米軍の受け入れに感謝する、とまで言った。

 だが、トランプ氏は大統領令で、イスラム圏の7カ国の国民について、米国のビザを持っていても入国させないという措置をとった。欧州諸国の首脳たちはいずれも強く批判したが、安倍首相は「コメントする立場にない」と繰り返している。このことを朝日新聞が批判しており、私はこの批判には同意する。

 
 ただ、もし民進党が政権をとっていたとして、その首相はトランプ氏の大統領令にどのように反応できるだろうか。日本は移民に対して先進国の中で極端に消極的な国である。しかも安全保障を大きく米国に依存している。民進党の幹部たちに聞いても、明確な答えは得られなかった。朝日新聞は、なんと分析するだろうか。

 ところで、2月11日の産経新聞が「私は朝日に勝った」「俺もだ」という見出しで、次のような記事を載せた。

「昨年11月の米ニューヨークのトランプタワーでの初会談で、軽くゴルフ談議をした後、安倍はこう切り出した。

『実はあなたと私には共通点がある』

 怪訝な顔をするトランプを横目に安倍は続けた。

『あなたはニューヨーク・タイムズ(NYT)に徹底的にたたかれた。私もNYTと提携している朝日新聞に徹底的にたたかれた。だが、私は勝った…』

 これを聞いたトランプは右手の親指を突き立ててこう言った。

『俺も勝った!』」

 産経新聞は、このやりとりが両者を結びつけたのではないか、と示している。安倍首相は朝日新聞に批判されながら、高支持率を得ていることを言いたいのであろう。だが、このままトランプ氏に言うべきことを言えない状況が続くことが、果たして本当に健全な関係なのだろうか。

※週刊朝日 2017年3月3日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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