批判の多いマイナス金利政策。しかし、そのマイナス金利政策を強く主張していた“伝説のディーラー”藤巻健史氏は、その批判に真っ向から反論する。

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「ディーリングルームに入ると、フジマキは目の色が変わる」「死んだら、棺桶のふたの裏側に、情報端末機器を貼りつけてあげる」

 モルガン銀行時代に言われたことだ。リスクテーカーとしては珍しく、自らの市場分析を世界に発信した。相場で負けている時、フラストレーションのはけ口として「俺が正しい。マーケットが間違っている!」と言いたかったから。

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 世間ではマイナス金利政策の評判が悪い。しかし、恐らく世界で最も早く最も強くマイナス金利政策を主張してきたであろう立場として、反論したい。

 自慢げで申し訳ないが、私はモルガン時代に市場分析を発信していたせいか、国内よりも海外でよく評価された。そのためか、世界の金融界で権威ある雑誌「International Economy」から、今も寄稿依頼が来る。

 先日は「どんな新しい政策手段が中央銀行に必要か」というテーマだった。チリ中央銀行元総裁、オーストリア元財務大臣、米元労働長官、ハーバード大など著名大学の教授陣らとともに載せて頂いた。

 マイナス金利政策の正当性を主張した主な内容は、以下の通りだ。

 中央銀行が新しい手段を追求する必要はない。効率的で強力で、副作用もないと証明されている伝統的金融政策に固執すればよい。

 
 景気が悪い時は金利を下げ、過熱した時は上げる。金利がプラス圏でもマイナス圏でも同じだ。マイナス0.1%は景気回復に役立たないかもしれないが、マイナス10%ならば間違いなく効果的だろう。マイナス金利政策が効かないのではなく、水準の問題だ。

 銀行経営への悪影響を指摘する人もいる。しかし、それは長期金利を引き下げた異次元の量的緩和政策のせいだ。中央銀行はかつて短期国債しか買わなかった。今や異次元の量的緩和の名のもと、膨大な長期国債を買う。長期金利は押し下げられ、イールドカーブがフラットになってしまった。

 中央銀行が短期金利をゼロにした直後、異次元の量的緩和でなくマイナス金利政策を採用していたら、イールドカーブは十分に右上がりで、銀行経営もそれほど悪化しなかったはずだ。

 マイナス金利政策だと、金融機関は日銀の当座預金に資金を置くと“罰金”を払う。当座預金への資金積み上げ意欲をなえさせる。一方で、異次元の量的緩和はその残高を極大化させる政策。両政策の併用は矛盾し、効果を期待できない。

 預金金利もマイナスにすれば、人々は預金せずにお金を自宅の金庫に置くと言う人もいる。しかし、盗難の恐れなどを考えると、プラス金利のドル預金を選んだり、株式購入を考えたりするだろう。ドル高・株高が起き、景気にプラスだ。

 中央銀行は金利の上げ下げという伝統的政策に固執し、ゼロ金利後はすぐにマイナスへ誘導すべきだった。異次元の量的緩和はルビコン川で、一度渡ると取り返しがつかない。

 唯一の対策は渡らないことだったのだ。

週刊朝日 2017年3月3日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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