落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「遺言」。

*  *  *

 今、自分が急死したらどうしよう。縁起でもないが十分にあり得ることだ。万が一に備えてリアルに考えてみた。

 この原稿を書いている現在、2月7日午前10時29分。西武池袋線の下り・普通電車車内。携帯を片手に座席に腰を掛けている。奇しくも今日は私の大師匠・五代目春風亭柳朝の命日。お墓参りに向かう途中だ。

 今倒れたら私は次の富士見台駅で降ろされ、救護室に運ばれ、救急車で病院へ、そのうちに医者から「お気の毒ですが……」と宣告される(とする)。

 家族に私の死が伝わるすべはあるか……。名刺は持ってないし、持ち物に記名していない。かろうじてガラケーの電話帳に「家」とあるので、そこから辿ってもらえるとありがたい。ロックはしてないのでどうぞ勝手に見てくれ。あとはメールの履歴などで「この人は春風亭一之輔という落語家なのか……」くらいは察してもらえれば。

 家にカミサンが居ればいいけど、今日は小学校のPTAの集まりがあるので夕方以降でないと帰ってこないはずだ。わが妻は留守録を聞かずに放置するような雑な面があるので心配。頻繁に電話してみてください、病院の方。どうしても繋がらなかったら「落語家 一之輔」で検索かけて、「一般社団法人 落語協会」に知らせてほしい。そちらから家内に連絡がいくだろう。

 家内は連絡するべき人の優先順位をわかっているだろうか? まず親兄弟、師匠・春風亭一朝と私の弟子・きいち。この辺はいくら気が動転してても伝えてくれると思いたい。

 兄弟弟子は9人いる。兄弟子で一番弟子・当代柳朝兄さんに連絡すれば、私を除く以下8人にLINEで伝えてくれるはず。LINEで「一之輔、亡くなったってよ!」てきたらみんな驚くかな。既読スルーするなよな。かといって「マジっすか!?」とか「いい人でした(泣)」みたいな返信もめんどくさいな。私は死んでるからいいけど。

 
 友人関係は大学の同級生・Tに知らせばほぼ全員に伝わるはず。いまだ飲み会の幹事をしてくれる頼れるパチンコメーカー勤務。あとはネットニュースかなんかで知ってくれ。多少の記事になるかな? どうかな?

 葬式の支度だが、近場の斎場でノーマルプランでやっといてほしい。最近、「葬儀は近親者のみの密葬、後日有志でお別れ会を……」みたいなのが多いが、かえって二度手間だ。普通に通夜・告別式で頼みます。無理ない範囲で来られるほうに来て。

 自宅の和室に頂き物のお酒が山ほどあるので、もったいないのでお清めの席に出してほしい。持ち込み料を取られないように、斎場の目を盗んでこっそりと。

 香典返しは今治のフェイスタオルで。ありきたりだけど、なんだかんだ重宝する。品質重視。

 あ、今死ぬと3月から真打ちになる弟弟子の朝也改め春風亭三朝くんにかなり迷惑がかかるので、真打ちの御祝儀は多めに。

 遺産なんか残さないので、ちょっとある貯金はパーッと使っちゃっていいや。墓は一昨年買ったので、父さん母さん、ちょっと先に入って温めておきます。

 みんな仲良くご機嫌に暮らしてください。

 最後にとても大事なこと。この保存メールの原稿、なるべく早めに週刊朝日の西岡さんと鎌田さんに送っておいて。

週刊朝日  2017年3月3日号

著者プロフィールを見る
春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

春風亭一之輔の記事一覧はこちら