「築地市場を視察した石原さんが、狭くて汚くて古くてダメだと言って流れを移転のほうへどんどん変えていった」

 まともに答えないどころか、口汚いやじを共産党に投げかけることもあったという。

 13年間都知事の座にあった石原氏だが、都庁には週2日ほどの出勤だったと、非難を浴びていた。

「それでいて、都のお金で総計億単位の海外出張をしたり、懇談会名目で豪華な飲食を繰り返したりしていたんです。ここにきて『俺は知らない』というセリフはないでしょう」(清水氏)

 石原氏は報道陣に囲まれて、「喜んで参考人として行きます。知ってることも全部話します。困る人が出るかもしれないけどね」と話していたが、予定していた会見は先延ばしした。

 議会のチェック機能は働かなかったのか。元都知事秘書はこう明かす。

「石原さん時代に誕生した新銀行東京に都議らが紹介し、支援者への融資をかなえていたからです。かつては都議らも甘いアメをなめさせてもらっていた」

 末は野となれ山となれ、の開き直りは通じない。会見や百条委員会の行く末を見守るばかりだ。

週刊朝日 2017年3月3日号