〝兄殺し〟の嫌疑がかかる金正恩氏 (c)朝日新聞社
〝兄殺し〟の嫌疑がかかる金正恩氏 (c)朝日新聞社

 金正男(キムジョンナム)氏(45)はなぜ殺されなければならなかったのか。

 韓国で金正男氏暗殺の第一報が駆け巡ったのは2月14日午後7時40分。TV朝鮮のスクープ後、連日、各社が報道合戦を繰り広げている。なかでも関心が集まっているのは殺された理由で、有力なのは「政権交代説」だ。韓国の全国紙記者はこう語る。

「金正恩(キムジョンウン)の北朝鮮では核問題解決は不可能だという見方が大勢となり、米国や中国で『金正男代案説』が浮上していた。そこへ金正男亡命説まで飛び出し、金正恩(朝鮮労働党)委員長が平壌には自分しかいないことを誇示するため先手を打ったのではないかという話がまことしやかに流れている」

 15日、国会の情報委員会で国家情報院は、「金正男の暗殺は金正恩委員長が就任した5年前からのスタンディングオーダー(中止されない指令)で、いつかは必ず処理されるべき命令だった」(朝鮮日報2月16日)と話し、暗殺の危機は過去にもあったと別の韓国紙の記者が言う。

「2012年に偽装で韓国に入国した脱北者が、10年にも金正男の暗殺命令があったと暴露しました。金正恩の命を受けた国家安全保衛部幹部が『シンガポールにいる金正男が脱北者の勢力を利用しようとしている。脱北者を一網打尽にし、金正男を殺せ』と話したそうです。この時は交通事故に見せかけて殺す予定だった」

 金正恩委員長は13年12月には国家転覆を謀ったとして叔父の張成沢氏を処刑し、その後も次々と幹部を処刑したが、最大の標的は、直系の異母兄、金正男氏だったとされる。2月11日、週刊誌「週刊京郷」は、「朴槿恵大統領と北朝鮮を結ぶメッセンジャーは金正男だった」とする衝撃的な記事を掲載した。

 これがもし事実ならば、なんという皮肉な偶然か。韓国では、17日にサムスンの3代目の李在鎔副会長が贈賄などの疑いで逮捕され、朴正煕元大統領の長女、朴槿恵大統領の弾劾決定に弾みがついた。北朝鮮では政権交代できる可能性のあった金日成主席の直系の孫である金正男氏が暗殺された。朝鮮半島のそれぞれの指導者の後継者の悲運を思わずにはいられない。(ソウル 菅野朋子)

週刊朝日 2017年3月3日号