ジャーナリストの田原総一朗氏は、「日本のマスメディアに気になる変化が起きている」という。

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 トランプ米大統領が、大統領令でイスラム圏からの人々の入国を一時的に認めないことにした。特にイラン、イラクなど7カ国の国民については米国のビザを持っていても入国を認めないことにした。

 これに対してワシントン州の地裁は、大統領令の一時差し止めを命じた。つまり大統領令は実施できなくなったわけだ。トランプ大統領は地裁の決定は間違っていると不服を申し立てた。ところが連邦控訴裁は、大統領令の差し止めを支持した。

 このことを報じた日本の各紙は「混乱に拍車」とか「泥沼化」という表現を使っているが、私はこうした表現に強い違和感を抱いた。大統領が命じても地裁や連邦控訴裁がそれを差し止めるというのは、立法、司法、行政の三権分立が機能している。つまり民主主義が健全に機能しているということではないか。

 それにしても、世界の理想というタテマエを訴えたオバマを黒人初の大統領に選んだ後に、タテマエをかなぐり捨ててホンネを絶叫する人物を大統領に選ぶとは、米国とはおもしろい国だ。もっとも、それは米国人が追い詰められて理想を求めるゆとりをなくした、ということでもある。

 ところで、ここへきて日本のマスメディアで気になる変化が起きている。とくに書籍や雑誌で、韓国や中国を厳しく批判し、両国の将来展望を否定する内容のものが増え、また、それらの書籍や雑誌が売れているようなのである。逆に言えば、韓国や中国を厳しく批判すると売れ行きが伸びるので、そうした内容の書籍や雑誌が増えているのであろう。そして、そうした書籍や雑誌は例外なく、日本経済を強いととらえ、日本の将来を明るく描いている。

 こうした現実はどのように判断すればよいのか。

 
 かつて日本は朝鮮半島を事実上植民地とし、中国に対しては、あきらかに侵略戦争を行った。その贖罪(しょくざい)意識もあって、戦後長い間、韓国や中国に対しては何事も遠慮がちで、そのために従軍慰安婦が強制的に集められた、などという記事が大々的に報じられたし、言論の自由がまったくなく数千万人の死者を出した毛沢東の文化大革命を、どのメディアも高く評価していた。

 その韓国や中国を、いつごろから露骨に非難するようになったのか。2010年に中国のGDPが日本を抜いた。あるいは韓国のサムスンなどが日本の電機メーカーの強敵になった。つまり韓国や中国が強くて豊かな国になったためたたくようになったのか。

 そういう言い方もできる。しかし、私は多くの米国人たちと同じように、追い詰められていら立った日本人たちのガス抜きの標的になっているのではないかと思う。

 多くの日本人が、収入が増えた、生活が楽になった、という実感をまったく持っていない。経済が成長する展望はなく、それどころか確実に進む少子化の中、政府には何の対策もなく、ほとんどの国民が強い将来不安を抱いている。かつてメディアの多くが、日本の問題点や弱点、欠陥などの報道にエネルギーを使っていた。国民の多くがそれを知りたいと思っていたからだ。だが、将来展望が見えず、強い不安を抱いている国民には、問題点や欠陥などに目や耳を向けるゆとりはない。追い詰められているからこそ、少しでも期待の持てそうな明るい未来論を求めているのである。

週刊朝日 2017年2月24日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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