トランプ米大統領の影響を大きく受ける日本経済。“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、トランプ氏を説得できないと、円の大暴落もありうると危機感を募らせる。

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 国会の議員会館のトイレに、「トイレットペーパーを盗まないでください」と貼り紙があり、驚いた。

「議員が盗むようならば、この国もおしまい」と思ったが、会館には陳情の方など議員以外も大勢出入りする。だれの仕業かわからないが、どんなところにも非常識な人はいるようだ。

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 品がないとか、過激すぎるとか、トランプ米大統領の一挙一動に、日本中が大騒ぎだ。非常識な言動との批判もあるが、経済に関しては理にかなった発言も多い。「白いでも黒い猫でも、ネズミを捕まえる猫はよい猫」(鄧小平)との発想で、私は彼をみていた。トランプ氏のもとで、米国経済は一人勝ちするのではないかと感じていた。

 しかし、1月31日の日本への「円安誘導批判」には身構えた。

 2月1日付朝日新聞は「トランプ氏、金融緩和批判」の見出しの記事で、

〈他国は、通貨やマネーサプライ、通貨の切り下げを利用し、我々を出し抜いている。(中略)日本がこの数年でやってきたことをみてみろ。彼らは金融市場を利用している〉

 との発言を伝えた。これを受け、急激に円高が進み、一時は昨年11月30日以来の円高ドル安水準の112.08円をつけた。

 私が身構えた理由は、トランプ氏の思い通りに円高が進むと思ったからではない。当コラムで以前に書いたように、米大統領といえども口先介入だけで通貨を動かせない(円のように実力より強すぎる通貨の通貨安誘導はできると思う)。

 金利を動かせば、為替も動く。トランプ氏が、異次元の量的緩和中止を本気で求めるならば、日本の緊急事態発生だ。トヨタ問題どころの騒ぎではない。

 私は今まで、以下のようなシナリオを描いていた。

 日米金利差の拡大で、ドル高円安が進行。消費者物価指数(CPI)の上昇率2%も実現する。すると、「公約達成だから量的緩和をやめる」と言う日銀と、「継続せよ」と言う政府とが対立する。やめると政府は資金繰りに窮するため、日銀は政府に屈して紙幣を刷り続ける。最後はハイパーインフレの到来……。

 
 ところが、トランプ氏は「すぐにやめろ」と言いだした。政府は新発債と借換債で計約150兆円の国債を発行し、120兆円分を日銀が「異次元の緩和」と称して買っている。市場の8割をおさえる日銀が買わないと、市場は大崩れ。長期金利は暴騰する。利回り何十%もの国債を発行して予算を組めないため、財政は破綻の危機に陥る。

 だから、政府は「異次元の量的緩和はデフレ脱却対策と言いながら、実は政府の資金繰り対策です。やめられません」と正直に伝え、批判取り下げを乞うしかないだろう。説得できないと資金繰り倒産の危機となるから、必死のはずだ。

 安倍首相は2月1日の衆院予算委員会で「米国も我々がやった政策と同じ政策をやった」と答弁した。ただ、トランプ氏は納得しないだろう。FRB(米連邦準備制度理事会)は、資産規模がGDP(国内総生産)の24%の段階でテーパリング(量的緩和縮小)を始めた。日銀はGDPに匹敵する巨額な規模になっても、なお続けている。

 トランプ氏の発言直後に円が買われたが、私は市場の反応を「のんきだなあ」と感じた。トランプ氏を説得できないと、円の大暴落もありうる。資金繰り倒産する国の通貨など、だれも欲しがらない。円は今や「危険通貨」になっている。

週刊朝日  2017年2月17日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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