──骨格というのは?

キーウェストに向かうハイウェーを友人とドライブしているとき、「長くアメリカに住み、心臓に病を抱えた元ボクサーが、日本にふと帰ろうと思う」というストーリーがふわっと頭に浮かんだんです。始まりは青い海を一直線に走るハイウェー。そして終わりは、多摩川近くの水路に広がる満開の桜並木。紺碧の始発点から桜色の終着点までの1年間を歩いていく、元ボクサーの人生の在り方、ということです。

──日本に戻った広岡は、元ボクサーのための「老人ホーム」をつくります。

ヨーロッパの音楽家のための老人ホームを舞台にした映画がありました。それを見て、ボクサーだったらどうだろうと思った。音楽家は貴族的な家を借りて晩年を過ごすわけですが、元ボクサーは大抵お金もないし、どうするだろう、とね。そのアイデアがこの作品と結びつきました。

──集まるのは、引退後の人生をうまく生きられなかったかつてのボクサー仲間ですね。

広岡を含め、全員が期待されつつも世界チャンピオンになれなかった元ボクサーです。世界チャンピオンになれた人となれなかった人では決定的に違う。運だけでなく、何か足りないものがあったわけです。「何が足りなかったのか」というのは、ぼくにとって重要なテーマなんですよ。

──その4人が、若いボクサー黒木翔吾と出会い、それぞれの思いを託し、技術を教え込んでいきます。

ぼくは文章を書く人間として、同業の若い人たちに何かを手渡していくことをしてこなかった。大学の先生になってほしいという話も断った。今さら拘束されたくないですからね。一人で自由に生きることを望み、そのために努力し、実際にすべてのことを一人でやって生きてきたんですよ。でもどこかで、自分より下の世代に何かを伝えていかなかったことに対する罪悪感がある。だから代わりに作品内で彼らにそれをやってもらっていると言えなくもないですね。

──広岡も、「自由になるため」にリングに立ったボクサーです。

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