「わたしが任命した本部長がイヤなら、君たちがやめろ」

 部下たちは、ひとりもやめません。青木は考えを変えました。部下を大切にしなくては、と。飲みに行くなどコミュニケーションを大切に。つきあいを深めるうちに、人間いろいろ、価値観もいろいろ、すべてが尊いと思いはじめます。そして、身にしみたのです。

(それにしても、オーナーって強いなあ)

◇   ◇
 同族経営はすべて悪、というわけではありません。

 ただ、なかには、お金の使い方に公私混同があるものです。会社のお金は一族のものなのか。出世するにつれ、青木の心は疑問だらけに。でも、社員と一緒にがんばりつづけ、売り上げは入社したころの10倍に。オーナーも自分たちに報いると信じていました。

 見事に裏切られました。会社を東証1部上場企業に売ったのです。売却でえた数億円はそっくりオーナー家へ。青木は思いました。

(ばからしい、やめよう。もう宮仕えはいやだ、独立しよう)

 会社を買収した社長に、青木は「わたし、会社をやめます」と宣言します。

「君はなぜそんなに無責任なんだ」と言われても、青木は「冗談じゃない。どこに責任があるのですか」。

「いいから、6年だけ続けなさい」との言葉に、社長代行を6年務め、独立します。52歳のとき。退職金をつぎ込み、マンションの一室でスタートしました。

 世話になった取引先を回ると、やめた会社からこんな絶縁状が出ていました。

「当社をやめた青木は、当社と何の関係もありません」

 青木と取引するな、というお達しです。けれど、いくつかの会社は「うちは青木さんとつきあってきた」と取引してくれました。

 オーナー企業のイヤなところを見た青木は、自分の会社の決まり事をつくります。

 たとえば、株式は従業員に渡していく。青木の持ち分は現在10%。個人と会社とのけじめもつける。青木が個人的に会社の駐車場へ車をとめたら、駐車場代を払う。青木の見てきた会社は、一族よければそれでよし、でした。

 青木は、児童施設や障がい者施設への支援など、地域のために惜しみなくカネを出しています。東北や本の震災でも、救援物資や義援金を率先して送る。社員をしあわせにしたいと、ひたすら考えてきました。(敬称略)

週刊朝日  2017年1月27日号