作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。成宮寛貴さんの引退について筆をとる。
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成宮寛貴さんの引退声明文を読んでから、重たい気持ちをひきずっている。
「人には絶対知られたくないセクシャリティな部分もクローズアップされてしまい(略)不安と恐怖と絶望感に押しつぶされそうです」
元となった報道には、彼のセクシュアリティをアウティングする内容があった。自分の意図に反して、最もプライベートなことを一方的に明かされるのは、どれほど辛いことだろう。その後、多くのメディアが、「ゲイ疑惑」という言葉を使いはじめた。
つくづく怖い国だと思う。それが罪であるかのような「ゲイ疑惑」という言葉を軽々と使う人たち。経済や政治だけでなく、性の世界も、声が一番大きいのはいつも異性愛の男たちなのだ。そうではない性を生きている人への想像力が、社会に欠けている。
日本のメディアでは全く注目されていないが、台湾では今、同性婚の審議が盛り上がっている。世界人権デーの12月10日には、同性婚を求める人々が、総統府前に25万人も(!)集まったという。同性愛者と異性愛者を区別しない画期的な法改正に反対する声も小さくはないが、なにより蔡英文総統自身が積極的に推進している改正案だ。LGBT当事者のみならず、台湾の民主主義が問われる重要な改正案だと考えられており、今月末の審議で可決される可能性はとても高いと言われている。総統府前に集まる人々を上空から写した写真を見た。それは、光化門に集まり朴槿恵大統領の弾劾を実行させた韓国の人々の様子と、どうしても重なった。どちらも国を動かすのは「私たち民だ」という意志と力を放っている。
彭婉如の死は、当時の台湾社会に激しい衝撃をもたらしたという。その後、彼女の死を無駄にしないという人々の思いは、ジェンダー教育に力を入れ、性差別のない社会を目指す運動を盛り上げていった。2016年、台湾は女性総統を生み、総統府の前に25万人もの人々が同性婚を求めて集まるような社会になった。人々が自らの手で、そのような社会をつくったのだ。
成宮さんに新幹線の中で、荷物を持ってもらったことのある知人がいる。重たい荷物を抱えよろめいていた彼女に、すっと手を差し伸べた。困っている人に自然に声をかけられる優しい人、という印象が私にはある。
成宮さんにはどうか立ち直ってほしい。そして、成宮さんの報道に傷ついた人たちが、もうこんなことで傷つかないよう、台湾に見習いたいものだと思う。このままじゃ、日本は世界から取り残されていくだけ。
※週刊朝日 2016年12月30日号