ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「オードリーの若林正恭」を取り上げる。

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 80年代、ビートたけし・明石家さんまと言えば、アイドルとして聖子ちゃんやマッチを凌ぐ勢いでした。やがて、正攻法のアイドルビジネスを踏襲しても成立するぐらいの存在感を、とんねるず・ダウンタウン・ウッチャンナンチャンらが確立し、ナインティナインやネプチューン、猿岩石といった面々を経て、いつしかテレビにおけるアイドルのスタンスそのものが、『芸人』たちによって大きく変化しました。

 歌や芝居のような『純粋虚構』と同等に、お笑いやバラエティ的な『リアル虚構』への需要が高まり、テレビで声や体を『張る』ことも、アイドルにとって重要な仕事になりました。一方で、歌ったり踊ったり壁ドンをするといった『王道アイドル仕事』の値打ちも、昔に比べて上がっています。ギャップと多面性を巧みに操り、需要に合わせた切り替えを迷いなくできないと、今や『職業アイドル』も成立しません。自我の押し引き、機転・回転の速さ、ボキャブラリーの豊富さ、身体能力、そして何よりも『大衆的=庶民的』であり続けるための『虚』を保ち続けるという、芸人的ポテンシャルが求められるフィールドで、キラキラアイドルたちも共存しなければならないのが、今のテレビ・芸能界。そりゃ器用で上手なアイドルばかりになるはずですし、圧倒的なスーパーアイドルが出て来難いのも必然かもしれません。

 
 反対に、『芸人』たちのアイドル自意識は、自他ともに高まっています。元来、『イケてる』花形職業であることに間違いないのですが、それでも最近は頓(とみ)に「自分は言うても汚れです」「ケツを出すのも厭いません」と大声で謳いながらバランスを取りつつも、アイドル的文脈で扱われる『芸人』に、世間もさしたる疑問を抱かなくなりました。現にアイドル性の高い芸人さんはたくさんいます。それは顔が整っているとかお洒落だとか歌が上手いだけではなく、「天性のアイドルポテンシャルの高さに自分で気付いてはいるものの、芸人としてはそれが邪魔で、芸人然とした反王道・非花形な自己を保とうとしているが、本能的に己のアイドル性を自意識の中に抱えてしまっている」という人もいて、まさに究極の『こじらせ』。そんな自我のせめぎ合いを観ているのは面白く、また妙にセクシャルに映ります。その代表格と言えるのが、オードリーの若林正恭さんではないでしょうか。

 彼ほどアイドル性が迸(ほとばし)っている芸人を、私は見たことがありません。そして、望む望まないは別として、彼はそこをしっかり自己認識できているような気がするのです。電化製品のCMで、妻役の杏さんに向かって「寒がりぃ!」とブリッ子する姿、あれは照れとむず痒さを逆手に取っていると見せかけて、彼の本能が「俺は、これをやっても許される」と判断した賜物だと、私は踏んでいます。実際に、あの「寒がりぃ!」を観ても、イラッともカチンとも、そしてお笑い的に「寒い」とも感じないのは、やはり彼のアイドル力が高い証拠です。

 いつも横に『記号的アイドル』の天才(春日俊彰)がいることで、より浮き立つ『若さま』の性(さが)。中和と強調の絶妙なバランス。聖子ちゃんの隣でうつむくヨシリンこと柏原芳恵、宮沢りえと一緒に大相撲観戦をしていた西田ひかるの方が、やけに生々しかったのと似ています。

週刊朝日 2016年12月9日号

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ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

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