作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、逮捕、そして作家の佐藤優氏との出会いを振り返る。

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 2年前、わいせつ物陳列という容疑で逮捕されたことは、もちろんキツい体験だったのだけど、友人にいかに恵まれているかを、改めて噛みしめる機会になった。知的で優しい女友達に人生を救ってもらったようなものだ。そしてまた、新しい友情にも巡り合えた。

 私は裁判で闘う道を選ばなかった。女性器表現がわいせつか否かを司法で争うことに、意義を感じなかった。さらに、性差別表現に抵抗してきた者として、差別も暴力も女性器も等しく「表現の自由の権利」であると主張する闘いに、巻き込まれるわけにはいかなかった。なにより権力が個人に暴力を易々と振るう現実に、私は圧倒されていた。政治/社会の暴力に、頬を叩かれ気付かされ、暗闇に落ちてしまったように感じていた。

 そういう中、作家の佐藤優さんが「北原さんの選択は良かった」とアエラ編集長(当時)の浜田敬子さんに話していたことを聞いた。国家権力が設定した闘いから降りるのも闘いなのだ、と。それまで面識はなかったけれど、佐藤優さんに会わなければ、と直感した。外務省に勤務していた2002年に逮捕され、512日間拘束された佐藤優さんは、私が知らない国家の顔を知っている。私は国家権力を丁寧に知る必要があった。自分が立っている場所を正確に知る必要があった。

 縁とは不思議なもので、佐藤さんが拘置所で記した日記『獄中記』には「外に出たらフェミニズムを学びたい」ということが書いてあった。

 
 佐藤さんが逮捕されたとき、裏切る男たちは多かったけど、周囲の女性たちは変わらなかったという。女たちがぶれないのを、女性がおかれている社会構造に想像を巡らせて考えられる佐藤さんに、私が改めてフェミニズムについて伝えることなどないに等しかったが、私たちは檻の中ネタで盛り上がったり(佐藤さんが検察で食べたコッペパンは私が検察で手錠をつけられたまま食べたコッペパンとは味が違うらしいとか)、時に小さくぶつかったりしながらも、昔からの友達だったと錯覚するように自然に会話できた。佐藤さんと対話する時間は、逮捕後、私の最も貴重な時間の一つになった。

 私たちはいろんな話をした。沖縄のこと、日本軍「慰安婦」のこと、現代の性売買問題のこと。国家について語れば、それは差別について語ることになり、権力について語れば、それは痛みに対し、私たちはどのように言葉を紡ぎ闘っていくべきかを考えることになった。政治が剥き出しの暴力で暴走しはじめている今の時代、とにかく学ばなければ、知らなければ、語らなければ、という思いで私は佐藤さんと語った。

 そのように語ってきたことが、先日、河出書房新社から出版されました。タイトル『性と国家』。「性」と「国家」の狭間に落ちた2年間でしたが、そこから浮かびあがるには、友情と言葉を信じて紡ぐしかないよね、と実感する本になりました。手に取っていただけたら嬉しいです。

週刊朝日  2016年12月16日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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