東郷:過去、日ロ交渉で2回大失敗した。1回目は、ソ連邦の崩壊によりロシアは極端に弱化。エリツィン新政権は日本を目標とした国づくりをやろうとしていた。当時のコーズィレフ外相が1992年3月に来た際、まず2島(歯舞、色丹)の引き渡しを交渉し、協定という形でまとめる。その後、残り2島(国後、択捉)も結論を出そう、4島合わせて、平和条約を結びましょうと秘密裏に提案してきた。しかし、歯舞・色丹だけでの食い逃げリスクを恐れた日本側はこの提案を拒否。エリツィン大統領の92年9月の訪日ドタキャンが起こった。その後、橋本・エリツィンによる交渉活性化が起きるが実を結ばず。2回目は、プーチン大統領が00年9月に来日したとき、56年の日ソ共同宣言を確認した。チャンスであり、交渉を経て、01年のイルクーツクで森(喜朗)総理は並行協議を提案。歯舞・色丹の2島は引き渡すと決まっているんだから、どうやって渡すか協議しよう。同時に意見が真っ二つの国後・択捉を並行協議しようという案でした。これはプーチン大統領が日ソ共同宣言を認めたことによって出てきた知恵なんです。プーチン大統領はこれに対し、「パスモートリム」(様子を見ましょう)と言った。ノーと言わなかったことは値千金。その後、いろんな事情で日本のほうから自壊した。安倍首相が躊躇したら、プーチン大統領以上の条件を備えた人が出てくることはもうないだろう。

木村:日ロ交渉を進めるうえで、米国の出方を気にしておく必要がある。

東郷:冷戦まっただ中の56年の交渉中には、ダレス国務長官が「日本が国後、択捉のソ連帰属を認めて妥協したら、沖縄の返還はなくなる」と言った恫喝の話もあった。しかし逆の状況もあった。01年の同時多発テロ発生で、米国はテロとの戦いに全外交を集中する状況になった。進撃地はアフガニスタン。米国は戦略的にパキスタン、中央アジアからコーカサスに米軍基地を置く必要に迫られる。そのために米国は、プーチン大統領の協力が必要になった。

木村:プーチン大統領の一番の売りはロシアの国益を守るということ。グローバル資本から国益を守るということだ。ロシアにとって、米国政権は共和党のほうが体質に合う。来年からトランプ大統領が率いる共和党政権になる。価値観外交でなく、日本の自主外交(国益外交)がやりやすくなるが、戦略的な基準値が必要だ。

東郷:オバマの価値観を引き継ぐヒラリーが当選したら日本の対ロ外交推進について、より厳しい視線が向けられただろう。しかし、トランプ大統領が誕生し、米ロ協調が進めば、ロシアにとって日本の希少価値が減るというパワー・ポリティクス面もあり、事態はそう単純ではない。

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