いま「あなたへ」を見直すと、ラストシーンの高倉さんは、私たちから遠く離れたところに行ってしまうように感じられる。高倉さんが亡くなった時には「残念の一語に尽きる」というコメントしか出さなかった降旗監督が、半年後に取材に応じてくれた。

「僕自身、あれが健さんの最後のシーンになってもいいように、との思いで撮ったんです。道がもっと長かったら、まだまだ健さんをカメラで追い続けていきたかった。終わってほしくなかった。健さんのラストショットにしては、決して100点じゃなく、80点でもないけれど、72点くらいにはなったかなと、今は思っています」

 高倉さんが尊敬する俳優は三船敏郎さんだった。

「日本を代表する映画俳優は誰か、と聞かれたら、僕は自信を持って『三船さんだ』と答えます。勲章は三船さんにこそ差し上げてほしい。僕のは返上しますよ。『七人の侍』もいいけど、僕は何と言っても『無法松の一生』ですね」

 どうして「無法松」なのですか?

「哀しみですね。『無法松』の哀しみはなかなか出せないですよ。僕は俳優だから何でもやりますけど、ギャラを忘れて気合が入るのは、観客が切ないなと思ってくれる役ですね。哀しいんですよ、男って。生きるって、何か哀しいことなんじゃないかなあ。偉そうに言いすぎましたね。ちょっとしゃべりすぎたから、今日はこれで終わり。今度温泉でも行ってゆっくり深い話をしましょう」

 三船さんは素晴らしい俳優である。ただし、男の哀しみを一貫して表現し続けていたのは、むしろ高倉さんのほうであろう。だからここまで男たちに愛されてきたのだ。

 高倉さんと温泉に行く夢はもう見られない。しかし、幸いなことに、映画を見れば、いつでも高倉さんに会うことができる。そして、自分のちっぽけな哀しみを、高倉さんの大きな哀しみに重ね合わせて悦に入ることができる。高倉健は今も、そして未来もずっと生き続けている。

週刊朝日 2016年11月25日号